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L'art de croire             竹下節子ブログ

クリスマスのミサ

今年のクリスマスの深夜ミサは歩いて5分の近くの教会の入り口にも兵士がふたり立っていて驚いた。出る時には10人くらいになっていた。
非常事態宣言が解除されて、シリアのISも排除されたけれど、ISは特にクリスマスをめがけてのテロを呼びかけていたからかもしれない。
「家族の集まるお祭り」であるクリスマスに、寒空で不動の若い兵士を見ていると気の毒だけれど、銃をしっかり構えているのを見ると、なんだか怖い。
武器を持たせてスタンバイさせる、ということ自体の異常さを身近に感じる。

でもクリスマスイヴのミサはクリスマスの歌がたくさん歌える。
ミサ自体も歌われる部分が多いのだけれど、その他の歌だけでも13曲の歌詞が配られた。
日本の普通の子供にでもなじみなのは『きよしこの夜』だけれど、音楽の時間に『グローリア』を習えたのは印象的だった。小学校だったか中学校だったか覚えていないけれど(公立学校です)ラテン語部分がちゃんとカタカナで書いてあって、独特の節回しは忘れられないものになった。今の日本の公立学校でもグローリアが歌われているのだろうか。日本の民謡で『刈干切唄』というのも同時期に習って、この節回しも快感だった。二つとも、当時は学校で以外耳にしたことがなかったのだけれど、マイレパートリーになった。
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「主の祈り」の前には、「翻訳が変わりましたからね」とだけ伝えられた。
みんなちゃんと新訳を唱和していた。後ろにいた夫婦(多分クリスマスと復活祭にしか教会に来ない人たち)が「いったいどこが変わったんだろう」と言っていたので「もうsoumissionがないんですよ」と教えてあげた。

25日正午には、ローマ法王が世界に向けて発するスピーチ(Urbi&Orbi)の中で、クリスマスは「時の巡礼」だと言っていた。タイムトラベルではなくてタイムピルグリメイジtime-pilgrimageというわけだ。なんだか毎年、キリストの誕生を祝うのは永劫回帰みたいな感じがしていたけれど、前の年のものを繰り返したり踏襲したりするのではなくて、2000年前のベツレヘムの時空へ毎年巡礼するのだというイメージは悪くない。

そして馬小屋で生まれた赤ん坊という降誕のイメージを、「居場所のない子供」ということで、難民の子供、貧しく、家のない子供の中にこのクリスマスの赤ん坊の姿を重ねるのも実感がこもっている。
中東はもちろん、南スーダン、ソマリア、ナイジェリアなどの子供たちのことが喚起された。「子供の形をとった神」というバージョンを一神教に可能にしたのがクリスマスだ。

フランシスコ教皇はさらに、エルサレムをめぐってのパレスティナの対立、ベネズエラ、朝鮮半島、ミャンマー、バングラデシュ、などに言及し、今と未来の子供たちにより人間的でよりふさわしい世界にしようと呼びかけた。

ローマは抜けるような青い空だ。

同一首長を仰ぐ宗派では世界最大のローマ・カトリックのトップが、公の席で世界中の紛争に堂々とコメントするのはある意味では大したものだ。
国家の首長ならやはり自国ファーストだし、「象徴」とされる元首などなら世界どころか自国の政治に関わるようなコメントさえできない。

ローマ法王なら政治家のように選挙民や支援者の顔色をうかがう必要もないし選挙地盤や特権や財産を受け継がせたい子孫もいない。そういう立場の人が正論を口にし続ける意義は大きい。

もうこれで5年も難民の受け入れを呼びかけているのに、カトリック大国であるはずのポーランドがますます閉鎖的になっているのを見ても、ローマ法王の勧告など効果がない、という人がいるが、効果がないから言うのをやめてしまうのと、言い続けるのでは大きな差がある。

サンピエトロの広場に整列するスイスの衛兵たちを見るのも今年は特に印象的だった。

近所の教会で迷彩服の兵士が銃を抱えている威圧的な姿を見たところだったので、ミケランジェロのデザインとも言われる中世の制服を着た衛兵がコスプレ風にずらりと並んでいるのは非現実的だ。
彼らの装備は「軍備」としての「抑止力」にはならない。
ゼロだ。
でも、シンボリックな抑止力はある、と思った。

抑止力としての核兵器の所有を許す暫定期間は終わった、すべての紛争は話し合いと譲り合いと連帯で解決するべきだ、と訴える80歳を超えたリーダーを守るこの中世風の衛兵の列を、誰かが武力で撃破することのシンボリックなハードルは、とてつもなく高い。

クリスマスの午後は4日前から食べ物を口にしなくなった92歳のチベットの高僧を見舞った。
私のために祈ってほしい、と言われた。
私はクリスマスの教会でもすでに彼のために祈っていた。

でもこれまでずっと彼に頼ってきたので、瀕死の彼に向って私は、「私たちのために祈ってください」と厚かましくも頼んだら、彼は「ずっと祈り続けているよ」と言ってくれた。

そうか、これまで私たちのためにずっと祈ってくれている彼が、今はじめて自分のために祈ってくれ、と口にしたのだ。

中国に侵略される前のチベットで最高学歴を極め、ゲールク派の最高学府の院長となり、一代で「活き仏」に認定されたゲンラの一部の何かが、なぜか今、私の中で息づき始めた。



by mariastella | 2017-12-26 07:36 | フランス
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/

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