ショパンの心臓はコニャックに漬けられて、故郷ポーランドのワルシャワにある聖十字架教会の柱の中に納められている。
パリで死に、ペール・ラシェーズ教会に埋葬されたが、心臓だけは故郷の教会にというのが本人の遺言だったそうで、妹のリュドビカが持ち帰った。
その聖十字架教会は立派なバロック教会だったが、第二次大戦中にダイナマイトで爆破された。
連合軍の攻撃によるものではなく、1944年にワルシャワで起こった暴動の際にドイツ人が爆破したのだ。その時に、十字架を背負ったイエスの像が残骸の中に倒れた写真がある。
天に向けられたイエスの手が胸を打つ。
1945年に規模を縮小されて再建された教会に、ショパンの心臓は無事に納められた。
聖人の遺物というわけではないから外から見えるわけではないが、最近、ガラス容器が取り出されて、その状態から、結核で死んだ人の心臓だという所見が出されたところだ。
そもそもショパンが故郷を捨ててパリに来たのは、1830年に当時の占領者ロシアに対して民衆が起こした暴動の後の制圧を逃れてのことだった。
故郷に戻った心臓も、ナチスに破壊されそうになったわけだが、ポーランド出身のナチス将軍Erich von dem Bによって救われたという。
この教会は、1980年にダンスクで組合ソリダノスクとポーランド共産党政府の合意の後で、ミサが全国にラジオ中継されることになった時のミサが挙げられた場所でもある。ショパンの心臓はそれを生で聞いていたわけだ。
碑銘には、
「あなたの富のあるところに、あなたの心もあるのだ。(マタイによる福音書 6- 21)」
とある。
日本語訳では「心」とあるが「心臓」と同じ言葉だ。つまり、「ショパンの富のあるところにショパンの心臓もある」、逆に、「ショパンの心臓があるポーランド、この教会が、ショパンの富」だということなのだろう。