『Apparition(聖母)ご出現』グザヴィエ・ジャノリ/ヴァンサン・ランドンのグザヴィエ・ジャノリとのヴァンサン・ランドンの『Apparition(聖母)ご出現』 ヴァティカンにはじめてやって来たジャーナリストに 「教会は、いつも、偽のご出現を認定してしまうよりは、真のご出現をスルーする方を好むのです」 と説明する聖職者。 文書庫には、これまでボツになった無数のご出現、奇跡、超自然現象についての調査記録のファイルが並ぶ。 2年前と1年前にフランスで聖母のご出現を見たというアンナは今は18歳の見習い修道女で、普段は修道院で羽根布団の製造を手伝っている。舞い上がる夥しい量の羽毛が天使の羽根のようでもあり、雪のようでもあり、作業中にアンナが倒れる時に噴きあがる「運命」みたいなものにも見える。 アンナの信用度や精神状態について執拗な調査がなされる。 教会当局は基本的に安易な奇跡が嫌いなのだ。 イエス・キリストがこの世で起こした奇跡や復活以外に、「信じる」ための奇跡を必要としてはならない。 フランス南東部のご出現の場所には、すでに巡礼グループがブラジルなどからも押しかけている。シーツに血のシミのついた妙な「物証」みたいなものも掲げられている。アンナが出席するミサでは人々が彼女に触れたがる。 ご出現の場所における経済効果に関心を持つ者もいるし、アメリカからやってきてインターネットを通してアンナをブランドにしようと企てる男もいる。 160年前のルルドの洞窟での聖母ご出現に立ち会ったベルナデットの身に起こったことと同じ。それを現代に置き換えている感じなのだけれど、別に160年前だから人々が簡単に信じたわけではない。むしろ、社会全体に「無関心」が多い今よりも当時の方が反教権的な雰囲気は強かったし、教育も受けていない貧しい少女ベルナデットに向けられる軽侮や不信も今よりも激しかった。 私はこのルルドについてもう20年以上前だけれど『奇跡の泉ルルドへ』という本を出した。 章立てが巡礼、聖母出現、聖女出現、聖地出現、奇跡出現、と続く。 普段は、自分の本の検索など絶対にしないのだけれど、今この本を検索してみたらコメントに引かれた私の言葉があって、なんだか、その思いは全然変わっていないなあ、と思った。 そして、聖母や聖女や聖地や奇跡の出現が望まれ、生み出されていく過程の人間的なメカニズムも永遠に変わらないなあと思う。 で、聖母ご出現の調査についての優れたドキュメンタリーといえるほど充実したこの映画を今さら見ても、私にはあまり意味がないのではとも思ったが、意外にも、すばらしくおもしろかった。 百件以上のご出現調査の記録をもとにしたというこの映画をすぐれて今日的にしているのは、「信仰」や「宗教」そのものに懐疑的なジャーナリスト役を社会派の名優ヴァンサン・ランドンが演じているところだ。 彼の演じるジャックは、優秀な戦場ジャーナリストだったが、15年コンビを組んできたカメラマンの殉職にショックを受けてフランスに戻ってきて引きこもっている。そこにヴァティカンから電話があり、話を聞きに来てくれと言われ、アンナの審査に加わることを引き受ける。 ヴァティカンで参考文献として読むようにと手渡される本が、私の持っている本ばかりだった。奇跡礼賛の本ではなくてフェイクはいかにして作られるか、というケース・スタディが中心だ。 ジャックは現地で、神学者や精神科医や司教区から派遣されたエクソシストの神父やらからいろいろなレクチャーを受け、独特な用語の飛び交う彼らの話を聞くのだが、ヴァンサン・ランドンは、その「目」、「視線」だけで、ジャックの懐疑や違和感、それが変化していくのを見事に表現している。 ご出現を見たという少女アンナは、模範的で落ち着いていればいるほど、何か怖い。純粋なのか、下心があるのか、犠牲者なのか、挑発者なのかよく分からないインパクトもすごい。彼らをとりまく人々の造形も素晴らしい。 「信仰は自由で明晰な選択なのです。証拠があるところには神秘はなくなります」とジャックに語る女性精神科医もいい味だ。 ヴァティカンから無認可のまま巡礼地になった場所にやってくる人々の中に、病気なのだろう子供を抱いた父親の姿が見える。 聖母出現と奇跡出現を期待してやってくる人々の姿のインパクトは、実在の巡礼地と同じだ。 「信じていない人」がルルドに行った時、病気の人や病気の人のために祈りに来ている人たちの大群を見ると、不思議なことに、 「こんなの、どうせ治らないのに、こいつら、本気で信じているのか ?」 などとは思わない。 そもそも、「信じていない人」が聖地に足を踏み入れた時点で、「聖地に呼ばれた」不思議が働くかのようだ。 「人間って悲しい、でも、人間ってすごい」 という感慨にとらわれる。 この映画は、終始、合理主義者であるジャーナリストの目を通して描かれているわけだが、巡礼地にいる間に起こる彼の心の揺れに同調できる。 監督のグザヴィエ・ジャノリは、これまでにも、 『A l’origine』で嘘から本物の活動家になってしまう詐欺師(フランソワ・クリュゼ)や、 『偉大なるマルグリット』で音痴なのに立派な歌手だと思い込む貴婦人(カトリーヌ・フロ)などを通して、虚実をめぐる人間性の不思議を描いてきた人だ。 文学部にいた頃はユイスマンス(自然主義から印象主義へオカルティズムからミスティックなカトリックに転向した小説家)に夢中だったというから、この映画を作った時のテーマへの向かい方も想像できる。 聖地がらみ、奇跡がらみ、聖人伝がらみの映画は、ただただ精神的なもの霊性を喚起するか、あるいは、無神論、合理主義の側から揶揄するか、ひたすら別世界のお話として提供するか、というのがほとんどだけれど、この映画のスタンスはまるでサスペンス映画のように「真実」を探っていく。 主人公ジャック自身のシリアでのトラウマへと回帰していく偶然、シンクロニシティもあって、ご出現の真偽調査とは別の次元での「徴し」を、「意味」を、見出していく過程も、言葉ではあまり説明されないのに説得力がある。 でも、それだけだったら、変な話、私でもシナリオが書けそうだと思うのだけど、実は、それらすべてとは別に、「もう一つの物語」が織り込まれている。 アンナの運命について意外な展開の後、さらに、衝撃の結末があるのだ。 この映画はシリアで始まり、シリアで終わる。 シリアの難民キャンプで夫と赤ん坊と共に救援活動に従事するメリエムは、教会の教義やら奇跡調査の中で不安定になっていく旧友のアンナとは遠く離れたところで、人の命の尊厳に寄り添って生きている。 ジャックがメリエムの夫に見せるために持って行ったものは、ヨルダンとの国境に近い荒野にある修道院にあったカザンのイコンの複製で、そに描かれた聖母(ロシア正教では生神女)の両眼は弾丸に打ち抜かれて闇の穴のようだ。 この映画が日本で公開されることがあるかどうかは分からない。 でも、この映画の「ネタバレ」を含んだコメントはしたくない。 それが「ネタ」であるとともに、そこからまたすべてが別の様相で見えてきて、それは「全体」と深くかかわっているし、人間とか宗教とかのあり方も深く考えさせてくれるからだ。 オリジナルの音楽の宗教的ではない感じも対照的ないい効果を出しているのだけれど、ここぞという時にすごい迫力で流れるバッハの無伴奏チェロ組曲のプレリュードには、やはりこれしかないなあ、と思わせる。モンドンヴィルの曲の使い方もフランス映画だと感じた。 数ある「奇跡」映画の中で、歴史に残る作品となるだろう。
by mariastella
| 2018-02-26 00:05
| 映画
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