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L'art de croire             竹下節子ブログ

ナルくん、坂東眞砂子さん、ボードレールと斎藤磯雄

先日は、とてもつらい日だった。
その日のことがずっと前から頭を離れず、前日も、当日も、苦しんだ。
それは末っ子のナルくんを去勢手術に連れて行ったからだ。

手術は無事に終わったし、獣医さんは、猫もそうだと思うけれど、見ただけでこっちが癒されるような人情味あふれる人で、もう20年以上もお世話になっている。
1995年に、うちから歩いて1分という便利なところにある若い優秀な2人の獣医が勤務する最新式の医院で、若い盛りだった3歳半のガイアを誤診に続く二度目の麻酔投与で「殺された」後、歩けば15分かかる、今の獣医さんのところにお世話になっている。

とにかくやさしそうでやさしくて、ちょっと気が弱そうで、でも、この人となら、少なくともうちの猫は愛してもらえるという確信がある。
こちらはもう猫を連れて彼を前にすると無防備、無警戒で依存と弱さ丸出しの状態だが、それを利用されるということは絶対にない。
行く時間が短いように車で往復する。

マヤ(不妊手術)もスピヌーもイズーも手術した。
その度にやましい思い、罪悪感に囚われ、この子たちの一生に責任を持つという自覚を深くした。それでも、どこか、一抹の後ろめたさを抑圧していたんだろうと思う。

ところが、今回は、どういうわけか、とてもつらかった。前の日の夜から水と餌をやってはいけないのだが、私も何も喉を通らなかった。年のせいだろうか。

坂東眞砂子さんのことまで思い出してしまって今検索したら、なんと、数年前にまだ50代で亡くなっていた。
2006年、タヒチで、飼い猫が産んだ子猫を崖下に放り投げ殺していると新聞のエッセイで書いてスキャンダルになったことをよく覚えている。
そして、今回の検索では、実際は、裏の草むらに捨てただけで、それでも拾ってくれる人がいないと死ぬだろうから殺したも同然だと思って敢えて殺したと書いたのだという「真相」が出てきた。

確か、「雌猫から交尾や出産という自然を奪いたくない」が、猫がどんどん増えたら困るので始末したという話だったと思う。

「愛猫家」の理屈では、崖下に投げて殺すというのも裏の草むらに捨てるというのも、ある意味同じくらい許せない話で、生まれてしまった子猫はなんとか里親を見つけ、母猫は不妊手術を、というのが「正解」である。

今は完全室内飼いがスタンダードともなっている。

私の場合は、ヤマトやテオを庭に自由に出した結果、怪我させたり死なせてしまった経験を経て、ガイアで完全室内飼いに踏み切ったのに、もちろん去勢手術もしていたのに、また死なせた。

その後のマヤとスピノザは17年目まで、サリーは9歳、と長生きしてくれた。

動物愛護のイデオロギーや何かがあるわけでもない。
難民の子供たちが寒さで死んでいるのに、猫に食事と暖と愛を与えてメロメロになっているのは倒錯だと言われたこともあり、反論のしようもなかった。

ただ、愛さずにはいられない。
そしてただ愛さずにはいられないという状態になることを教えてくれたことを,猫たちに感謝している。

で、ナルくんの去勢。
彼の意見をきいていない。
完全室内飼いだから、どちらにしても雌猫とは出会えないし、子供も持てない。
ほおっておいたらマーキングをするなどいろいろな弊害が出る。
そして、坂東さんがいうような、雄猫と雌猫が出あって子供を作って、というのが彼らの自然で幸せである、というような決めつけ自体もこちらの勝手だと思う。
一生子供をつくれない雄なんて自然界にはいくらでもいる。

それでも、払いきれない一抹の後ろめたさ。

そういえば、最近、残酷な肉食をやめろというキャンペーンのポスターが出ていた。かわいいウサギの写真のそばに、「私を食べたいなら殺さなくてはなりません」というキャプションがある。
ナルくん、坂東眞砂子さん、ボードレールと斎藤磯雄_c0175451_05210434.jpeg

日本ではあまりウサギは食べないけれどフランスでは伝統料理の一つだ。

確かにこういう風に言われてみると、肉食はどんなに野蛮かと思うし、他人に殺させておいて肉だけ食べることのグロテスクさというのも痛感させられる。

私は高校かなんかの生物の時間でカエルの解剖もできなかった。

以下、気分を変えるために、斎藤磯雄さん訳のボードレールの『猫』二種類から。(もとは旧仮名です。斎藤さんとは旧仮名で文通していたことがある)

猫こそはこれ、学問の、はた逸楽の友にして、

沈黙(しじま)を慕い、暗闇のすさまじさをば求めゆく。(…)

思ひに耽る折ふしの気高き姿態(さま)は、さも似たり、

悠悠として寂寥の砂漠の奥に横たはり果なき夢路辿りゆく、

かの大いなるスフィンクス。 

***

汝(な)が頭(こうべ)、はた、しなやかの汝(な)が背(そびら)、

ゆくらゆくらにわが指の掻い撫でゆきて、稲妻を孕める肉体(からだ)もてあそぶ、

その逸楽に掌(てのひら)も酔い痴るる(…)


by mariastella | 2018-03-16 00:05 |
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/

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