フランシスコ教皇がローマ法王に選出されてから5年が経った。
就任早々、特別の枢機卿評議会を組んで、ヴァチカンの近代化に取り組んだが、代々のイタリアの貴族や名家が作ってきたヴァティカンの体質の強固さはアルゼンチン出身の教皇の想像を超えるものだったらしい。
教皇庁の人員を削り、より機能的にして、ビューロクラシーや教権主義や出世主義も排して刷新し、中央よりも地方の教会に仕える体質に変えたかった。
なかなか簡単にはいかず、とりあえず、それまでの「正義と平和評議会」「開発援助促進評議会」「移住・移動者司牧評議会」および「保健従事者評議会」を統合して「人間開発Integral HumanDevelopment」という上位部署とし、
「信徒評議会」と「家庭評議会」を統合し「信徒・家庭・いのち」の部署、
そして、ヴァティカンのメディアと広報のシステムの再編のための広報事務局
という三つを新設した。
最初のものは、移民、助けを必要とする人、病者、迫害を受けている人、服役者、失業者、紛争や自然災害、奴隷状態や拷問の被害者らのために働くというキリスト教の背骨みたいな部分で、核抑止力の有効性否定、エコロジー問題などを通して、「弱い立場の人」の支援も全地球的な有機的な視点なしには真に有効なものにはならない、ということだろう。
多分夏ごろに出る私の新刊の中では、教皇の出身地でもあるラテンアメリカで軍事独裁政権に対抗して共産党とカトリック教会が共闘した「解放の神学」について解説した。
「無産者」が常に犠牲となっているという認識において、マルクス主義とキリスト教の見方は重なる。
先日は、国際女性デーに合わせたようにヴァティカンで聖職者の世話をするシスターたちの無償労働やリスペクトされていないことなどについての声が上がった。
ヴァティカン市国の「政府」の要職に一人の女性もついていないことも取り上げられた。
まあ、他の「主権国家」とはそもそも文脈が違うのでこういう比較はあまり意味がない。
フランスのフェミニストの先駆者はずっとシスターたちだった。
男性聖職者や男性修道士たちに君臨した女子修道院長もいる。
みんな、いろいろな意味でぶっとんでいた。
そのうち、それとは別に、ヴァティカンの女性たちについてのシリーズをアップするかも。