先日、ブラック・ホールで有名な車椅子の物理学者スティーヴン・ホーキングが亡くなったニュースをフランスのラジオで最初に聞いた時、内容はすぐに理解したものの、とっさにホーキングという「日本語」が出てこなかった。
フランス語を脳内でカタカナに直す時にホラー作家のスティーヴン・キングの名前が頭をよぎった。
なぜだろうと後から考えたら、フランス語読みでは、スティーヴンはステファン(日本人にはステファヌと聞える)で、ホーキングはHが発音されないで長母音もなく、しかもファーストネームとファミリーネームがリエゾンするので
「ステファノキング」
と発音されていたからだ。
だれのことかというのは文脈上すぐに分かったけれど。
考えてみると、カタカナでは一応「現地読み」に近いものを採用しているから、スティーヴンなのだろうが、そもそもStephen のphenのphが濁ってVとなるのは言語学上不思議ではないけれど、この綴りが残っているのはある意味で宗教的ルーツの強さを思わせる。
この名前は、ユダヤ系ギリシャ人で、ユダヤ教会を批判して石打ち刑で殺されたキリスト教最初の殉教者として超有名な「聖ステファノ」から来ている。
キリスト教文化圏には洗礼名や守護者としての聖人の名が圧倒的に多いのだが、言語圏が違うとヴァリエーションが多い。
使徒ペトロがピーター、ピエール、ペドロ、ピョートル、
ヨハネがジョン、ジャン、ジョヴァンニ、フアン、ハンス、などになる。
日本人から見るとまったく違う名前に思えるが、昔、パリの女子学生寮にいた時に、同宿のアメリカ人学生が、スーザンという名前なのにフランスだからというので「私はシュザンヌよ」と何の迷いもなく使っていたのでそんなものかと思った記憶がある。
大抵は何となく想像がつくけれど、驚いたのはこの「ステファン」で、フランス語ではエティエンヌという。気がつくのに一年以上かかった。
元のステファノにより近いStéphane という名が使われ始めたほうが新しい。
女性形の「ステファニー」の方は昔からある。
エティエンヌというのはフランス語の形からいうと女性名のように聞こえるが、男性名しかない。
どうしてSが消えるのかよく分からない。スペインではEsteban エステバンという。これもBのせいで、最初はピンとこなかった。
アングロ・サクソンの「有名人」の名がフランスで語られるときに、フランス語風に読まれるか現地語風に読まれるかというのは必ずしも決まっていない。日本で中国や韓国などの漢字の地名や人名が、今は原則として現地読みに近いフリガナをつけたりカタカナで書かれたりしているけれど、日本の漢字読みで通用しているものも多いことと似ている。
この中国系の固有名詞は、フランスでは一応、「現地読み」に近いものになるので、たいてい漢字しか浮かばない私には、理解したり発信したりするのに苦労する。
で、スティーヴン・ホーキングが「ステファノキング」で、一瞬混乱したわけだ。
ホーキング博士のことを、テクノロジーがコミュニケーションのツールになった成功例として称賛する人がいた。
本当だなあと思う。
昨今、AIが人間の仕事を奪うとか人間の能力を凌駕するとかいろいろ言われているが、普通なら重度の身体障碍者として社会生活が困難になるはずのこの天才が、高度のテクノロジーにアシストされて最後まで世界中にコミュニケートし続けてきたというのはすばらしい。
逆に、身体能力が損なわれていなくても、自分の考えを他者と広くコミュニケートできなくなった、理解し合うことができなくなったというタイプの障碍の闇は深い。
その闇を探ってアシストできるようなテクノロジーというものができる日は、はたして、来るのだろうか。