(これは昨日の続き)
先日おじゃましたサロンのアパルトマンにたくさんの絵がかけられていた。
正直言って私の好みのもの(つまり、ベッドの向かいに掛けたと仮定した時に、眠る前に最後に目に入る絵で、朝起きた時に最初に目に入る絵として耐えられるかという基準。あるいは、滅亡した地球を去って別の惑星に移住すると仮定した時に、たったひとつの作品を「地球のいのち」というタイトルで持ち出す選択ができるかという基準)はひとつもなかった。
先日の MoMA in Paris 展の続きを観ているみたいだった。
バービー人形にメイクをして衣装を演出した作品が3種類あり、どれも、正面から見ると顔だけで、たとえば「修道女」というタイトルで、斜めから見ると武装している。
これが正面
これが斜め。
これが正面
これが斜め、というのもあった。

まあまあ気に入ったのはこれだけれど、ジャック?シュヴァリエだかの作品だそうだが、持ち主自身が画家の名を覚えていないという。それに、他の人たちは誰も絵を眺めていない。常連で見飽きているのかもしれないけれど、私だったら毎回じっくり見て回ると思う。
全体に、メセナではあっても、アーティストの集まりではないので、話題も表面的だ。コレクター本人とさえ、コレクションの内容について、コンテンポラリーアートについての議論がきけない。
まあ私のフランスバロック音楽の話を本気で聞いてくれた人も2、3人はいたし、すてきな場所でのコンサートの可能性について提案してくれる人もいたので無駄ではなかったけれど。
そんな中で、テキサスの大学教授で比較神秘思想が専門だという女性に出会った。
彼女といろいろ話して、確かに同じようなアプローチの人であり、向こうは「こんなところでこんな人に会えるとは思っていなかった。私たちはもう親友です」とえらく感激して、メールアドレスを交換した。
おかしいのは、彼女のフランス語と私の英語のたどたどしさやとっさに言葉が出てこないのまでが同じ程度でもどかしかったことだ。お互いに読む方は何の問題もないので、メールは彼女は英語で私はフランス語で書くことに合意した。話す時もそうすればいいのだけれど、二人ともやはり聞き取り能力もいま一つなので、相手の下手なフランス語や下手な英語の方が意味を汲み取りやすいし、適切な言葉に変換し合うこともできた。アヴィラのテレサについていろいろ話せた。
でもこの女性は、私と意気投合する前に、いる人みんなに「自分は恥ずかしい、あんな大統領がいる国で」とさかんに言っていた。言っていたというより、ほとんど「謝罪している」雰囲気だった。他にもボストンから来た人もいたけれど、こんなサロンに来る人々が、アメリカ人がいるからと言ってトランプ大統領選出の責任を問うとかアメリカを馬鹿にするとかなどあり得ないことなのに、こんなに卑下してまわる気にさせるなんて、本当にトランプは罪作りだ。
でも、こういうパリの夜は、それはそれでおもしろい。