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L'art de croire             竹下節子ブログ

復活祭と『宣告』とオウム真理教の死刑囚

復活祭、おめでとうございます。

Vénardさん、おめでとうございます。

加賀乙彦の長編『宣告』を、イエス・キリストが死刑宣告を受けて十字架刑に処せられる「受難」の復活祭前四旬節にようやく読了した。

先日も書いたが、本当に、「死刑囚」とか「余命宣告」と、キリスト教は「相性」がいいというか、キリスト教が力を発揮してくれるフィールドだ。


逆に言えば、キリスト教禁制の時代や国で多くのキリスト教徒たちが、信仰を捨てずに死を宣告されて壮絶な殉教を遂げていったのも、同じルーツだと言える。


社会的な罪があろうとなかろうと、人間の組織の大きな力によって抹殺しようとされる存在にキリスト教は寄り添ってくれる。


『宣告』の死刑囚たちの犯罪の動機を見ると、その多くは、単純な欲望充足の繰り返しがだんだんと深みにはまることが多いのが分かる。


夏には刊行される予定の私の新刊では、「神」「金」「革命」という三者、つまり聖なるもの、資本や富、暴力イデオロギーという三つがいろいろな形で偶像化されるメカニズムについて述べたけれど、その三つの周縁には、実は、ばらばらの境涯を生きる個人が日常的に欲望する多くのこと、食欲、性欲、憤怒、怠惰、見栄、嫉妬などが渦巻いて破滅のスイッチを押しているんだなあと感慨深い。


キリスト教の七つの大罪というのは高慢、激情、羨望、堕落、強欲、大食、肉欲というもので、こんなものが「大罪」なんてなんだか大仰だなあ、と思っていたけれど、『宣告』の主人公の死刑囚(実在モデルがいる)が、死刑囚になるまで「堕ちていく」過程では、さまざまな「生き難さ」を一過的にカバーしてくれるさまざまな「遊興」への没頭があった。


「アプレゲールの高学歴プレイボーイの犯罪」として有名になった事件だそうだが、七つの「大罪」が「大罪」となるのは、エゴイズムへの耽溺、アディクションを構成するからなのだと分かる。

仏教が、何よりも、この世の快楽に「執着」してはいけないと強調するのも、同じ洞察なのだろう。

それこそ「罪のないちょっとした快楽」へのアディクションが人を蝕み、闇に落とす。


そしてこれも前に触れたが、オウム真理教の確定死刑囚が処刑場のある拘置所へ移送されたというニュースのことも考えざるを得ない。

これについて、週刊新潮(私はネットで読める)で短期集中連載の『13階段に足をかけた「オウム死刑囚」13人の罪と罰』というもの(これを書いている時点ではまだ2回)を読んでいると、なおさら胸が痛む。

彼らが逮捕されてからもう四半世紀以上たつ。

元気な若者が四半世紀以上も隔離されてきた。

「尊師」として教団のトップであった麻原以外の全員に死刑免除をして、じっくりと証言してもらって、彼らを生んだ社会の病巣について共に考えてほしい、という人たちもいる。

オウム真理教家族の会がそうで、家族が「出家」した時点でカルトの被害者の会を立ち上げた人たちの会だ。



1990年代のオウム真理教の特殊な話だけではない。

1970年代にも、日本赤軍として中東に渡ってテロの実行犯になった若者たちがいたし、21世紀のヨーロッパには、イスラム過激派のプロモーションビデオに洗脳されて改宗してシリアに出かけてテロリストとなった男女が存在する。

無差別殺人だとか残虐な殺人に手をそめた「人でなし」を抹殺してすむことではない。


「七つの大罪」とアディクションは誰にでも手の届くところにある。

だから、「悪人」を罰することで「悪」を消すことなどできない。

そのために、「悪人」がいるのではなく、「悪」をそそのかす「悪魔」がいる、という考え方がある。

エデンの園でイヴを誘惑した蛇、最後の晩餐でユダの中に入った悪魔。


悪魔のささやきに耳を傾けて誘惑に屈した人の「証言」をじっくりきいて、「その後」の生き方を共に模索する方が、すでに捕らわれて四半世紀も世間と隔離されている人を殺すよりも、次の犠牲者を救うことになる。


加賀乙彦が「悪魔のささやき」という言葉を使うのは、カトリック作家としての言葉だろう。私は『悪魔のささやき』という本を読んではいないが、この中で、彼は、獄中の麻原を訪ねて、彼の退行現象は詐病ではなく、完全隔離からくる拘禁反応から来たもので、外部と接触させれば「治る」可能性はあると言っている。

このブログで重要ポイントが引用されている。


この引用文で加賀が語っていることは、そのまま、『宣告』でレポートされていることと重なる。


人にはそれぞれ持って生まれた性向もあるし、拘禁状態や死刑宣告がどのような「病」をもたらすかということはケースバイケースだろう。

今のヨーロッパには死刑がないが、つい最近、40年近く服役している終身刑の囚人を「解放」するという試みが決まったようだ。その人が監獄の外の社会で生きていくための援助と見守りがなされるという。


死刑囚にしても、終身刑囚にしても、「隔離」と「病気」をセットにして先の見えない長い時間を拘置所員や監獄医に押しつけていく社会よりも、だれにとってももう少し希望を与えてくれるようなシステムを模索していくことは大いに意味がある。




by mariastella | 2018-04-01 00:05 |
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/

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