復活祭のミサにルヴェリエ神父の教会に。

枝の主日の棕櫚の葉が飾られている。
司式をするのは、マドレーヌでのジョニー アリディの葬儀ですっかり有名になったパリ大司教区総代理のブノワ・ド ・シネティさんだ。
彼はその前はサン・ジェルマン・デプレ教会の司祭で、パリ最古のこの教会の修復をするために、アメリカからも巨額の寄付を集めたやり手で、芸能人、政治家、ビジネスマンなど多くのセレブの葬儀、結婚、洗礼などを司式したが、難民にもセレブにも全く同じ奉仕をするので有名だ。 背が高くがっしりしていて堂々としている。彼はルヴェリエ神父と神学校の同期なのだそうだ。
この復活祭ミサの説教では、どの教会も例のテロで殉職した「英雄」ベルトラム中佐のことが記念されるだろうという話だったから、どういう風に話すのか興味を持っていたら、シネティ師は、この話を取り上げなかった。
ただ、イエスが復活によって、人々の中で生き続けること、復活祭も毎日曜の聖餐も、イエスの命と犠牲の再生なのだと語る。イエスの命をもらった人の生き方でイエスの不死が確認できるということで、その名をあえて出さなかったベルトラム中佐のことが嫌でも想起される。
夫の名がなんであれプロパガンダになることを拒否すると明言したベルトラム夫人のことを思うと、このような復活祭こそが彼女と彼女の夫をキリストの中で生かし続けることなんだなあと納得できる。
セバスチャンとパロマという赤ちゃんの洗礼式が同時にあって、お父さんが幸せそうにギターを弾いて、ハレルヤと歌っている。みんな楽しそうだ。ニーチェに見せてあげたい。
もう、式次第の紙のプリントがなくて、聖歌の歌詞は全部壁に映し出される。
ラテン語が多くて、フランス語の訳もついている。
クリスマスにはクリスマスソングが楽しみだが、復活祭には、表彰式の音楽で日本でもお馴染みのヘンデルのオラトリオ「勇者の帰還」が流れるし 歌える。何度も出てくるリフレインの歌詞はこれ。

教会の近くの公園は、まだ春の感じは遠く、寒々としていた。

こんな人工滝の音もさわやかというより冷えびえする。
ジュネーヴにあるギリシャ科学協会というのから寄贈されたという「自然の守護神」牧神パーンの銅像が、パンフルートを吹いていた。