ジャンヌ・ダルクと人種差別 その2(これは前の記事の続きです) 2018年5月のオルレアンのジャンヌ・ダルク祭でジャンヌ・ダルクに選ばれた17歳の少女の父親はフランスの公職についているエリートだ。 今回の騒ぎについて、これはもう、共和国の威信にかけて、今年はマクロン大統領に出席してほしいと語った。 マクロンは、選挙活動を始めた2016年にオルレアンの祭りに来ている。 ジャンヌ・ダルク生誕600年の2012年には大統領再選を目指していたサルコジもやってきた(選挙後の5月では遅いので誕生日とされる1月6日が都合がよかったのだ)。 1980年代以来、極右国民戦線が偶像視してシンボルに使っていることも有名だ。 もともとジャンヌ・ダルクは、オルレアンでこそずっと崇められてきたけれど、フォークロア的でマージナルな存在だった。啓蒙の世紀にはヴォルテール小説で荒唐無稽な小説に仕立て上げた。(『戦士ジャンヌ・ダルクの炎上と復活』(白水社)参照) その彼女を「国民的アイドル」にしたのは、フランス革命後の1841年のミシュレーの『フランス史』だ。 実際はジャンヌ・ダルクが戦った時代というのは、フランス革命も共和国も存在せず、近代的な意味での「国家」という概念自体も成立していないような時代だ。 王からも見捨てられ、教会からも異端者呼ばわりされて火あぶりになった。 でも、「武装した少女」は絵になり、「火刑台で死んだヒロイン」(実は、フランス人は、日本の「判官びいき」と同じで、歴史上の強者の悲劇的な最期に肩入れする)はロマンを掻き立て、ジャンヌ・ダルクは、いつのまにか、「中世の終わりのフランスを彩るもう一人のキリスト」という立ち位置にまで持ち上げられた。 フランスのシンボルの「女性」イコンというのは、他に、ノートルダムやら、革命のマリアンヌ(銅像がどの市役所にもあり、切手の絵柄でもある)があるが、ジャンヌ・ダルクの悲劇性、歴史性には太刀打ちできない。 1870年に普仏戦争で負けた後とドレフュス事件の文脈(祖国を救ったジャンヌ・ダルクはケルト人だと言って反ユダヤ主義に利用された)の中でいろいろな政治利用もされてきたし、カトリック教会もあわてて聖女の称号まで与えて、ノートルダム(聖母マリア)と並ぶフランスの守護聖女にまで格上げした。反イギリス(=ジャンヌの死後約100年経ってカトリックから離反した国教会)という無意識が働いたかもしれない。 とはいっても、もともと、ジャンヌ・ダルクへの崇敬には、むしろ健全なものがある。 10代の少女「アイドル」グループを大人の男たちがせっせと消費するようなロリコン風の国と違って、フランス人の興味は一般には成熟した女性に向かう。だから、ミス何とかと違い、毎年ジャンヌ・ダルク祭で選ばれる17歳の未成年の少女に対して、性的な視線は向けられない。ヒロインであると同時に、みなが守ってやりたくなる雰囲気だ。 それが、今年、「肌の色」によって差別的なSNSが広がったのだ。 このレイシズムに対してすぐに激しい非難の声が上がった。 オルレアンの市長オリヴィエ・カレ(保守派)、ケベックの保守派社会主義者マチュー・ボク=コテらだけでなく、極右のマリーヌ・ル・ペンやフィリップ・ド・ヴィリィエらも、新しいジャンヌ・ダルクとなるマティルドさんが模範的なカトリックの若者で、フランスの統合政策の成功のモデルであると擁護した。 男女平等推進国務大臣マルレーヌ・シアッパは、「ジャンヌ・ダルクは全フランスのヒロインであり、フランスの歴史はアイデンティティ探しとは別物である」と言った。 ジャンヌ・ダルクというキャラクターと白人ではない旧植民地ルーツの高校生が交差した時、普段は現れないいろいろなものが見えてくる。 マクロンは、はたして、オルレアンに行くのだろうか。
by mariastella
| 2018-04-08 00:05
| ジャンヌ・ダルク
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