L'art de croire             竹下節子ブログ

『マドモワゼル・パラディ』 その2 ハンディと創造性

(この記事は前回の続きです。)

見てもいない映画について延々と書くのもなんだが、この実際の事件には、いろいろと私のツボにはまる要素が満載だ。

メスメリズム、心霊治療もそうだし、昨年訪れたばかりのウィーンの情景も浮かぶし、そしてこの映画がテーマとして切り取っているマリア・テレジア・パラディス(記事のタイトルにはフランス語読みでパラディと表記した。パラダイス、つまり天国で、この人もメスメル同様、パリにも公演に来て絶賛されたから、マドモワゼル・パラディと呼ばれていたのだと思う。)はフランスに視覚障碍者のためのはじめての音楽学校を作るという業績も残しているのだ。


1784年のパリのコンサートは、メスメルがパリにいた時期と重なっているが、彼と彼女の関係(治療ができなかった例)を知っている者はいたのか、彼ははたして彼女のコンサートに出かけたのか、などと疑問がわいてくる。

メスメルに遭遇した18歳の頃もすでにウィーンの音楽サロンで大人気だったようだけれど、マリア・テレジアは結局60歳過ぎまで活動し、ピアニストとしてだけでなく作曲家としても歌手としてもキャリアを積んだ。

メセナとしての面もあり、自分のための作品をモーツアルトらウィーンに住んでいた作曲家たちに注文もしている。

この映画の監督のバルバラ・アルベルトは、マリア・テレジアのことを、目が見えないというハンディだけではなく、女性であること、そして「ハンディのある女性が優秀なピアニストである」ことにビジネス・チャンスというか利点を見出した周囲の人間たちの思惑から逃れられなかった存在であり、その彼女が自分の運命をどう扱うのか、彼女にとって「自由」とは何かということを問おうとした。

マリア・テレジアがメスメルによる治療を打ち切って、「全盲のピアニスト」としての生き方を全うしようと決心したのはなぜだろう。

一対一の診療治療がもたらすスキャンダルのリスクを回避したかったのか、心霊治療が成功して、「全盲のピアニスト」というセールスポイントを失いたくなかったのか、あるいは、本当に、目が見えだしたことで、ピアノがうまく弾けなくなるという事態が起こったことに動揺したのか、映画ではどのように描かれているのか、見ていないから分からない。

そして、実在のマリア・テレジアや彼女を取り巻く人々がどういう思いだったのかも、もちろん分からない。

マリア・テレジアは驚異的な記憶力と、聴力、音感を持っていたという。60曲以上のコンチェルトの他にピアノソロと宗教曲の膨大なレパートリーを持っていたという。

知覚器官の一部にハンディのある人は、それを補うように他の知覚が鋭くなることはよく知られている。ほとんどの楽器の演奏は触覚と聴覚があればできるわけで、実際、目は楽譜を追うくらいであり、演奏そのものに視覚を動員すると触覚と聴覚の何かが緩くなって音楽の強度が下がることがある。


楽器演奏でなければ、普通の人の知覚情報の中では圧倒的に視覚経由のものが多い。

だからこそ、目を閉じるなどして視覚情報を遮断すると、集中力が増す。


演奏する時も、聴衆の姿やホールの様子などが目に入ると気が散ったりあがったりするひとは多いだろう。視覚が雑念につながる。


前回の記事でリンクした私の五十肩体験からだけいっても、身体機能のどこかが突然失われると、もちろん不自由で苦労するのだけれど、なんだか、心身のすべてに向ける観察能力が亢進し、人との共感能力も亢進するので、生き方の密度も強度も高くなることがある。

そういう濃密な内的世界を生きていたマリア・テレジアの前に、メスメルという特異なカリスマを持つ男が現れて、何か深いところに侵入され揺さぶられ、視力まで回復してきた。

再発見した視覚情報に魅惑されると同時に、演奏の時にはまったく必要としていなかった視覚をどう扱っていいか分からない。目が見えるようになって「演奏技術が落ちた」という話ではなく、集中力と音の世界にのみ没入する心身のととのえ方のバランスが崩れたのだろう。

よく観察すると、この物語は「ハンディ」と「ビジネス」の関係を探ったものだとも見えてくる。

健康な若い男が華々しい名人芸を披露する場合は、その「神わざ」ぶりだけが売り物になる。

子供時代のモーツアルトや、今のネットのYoutubeで見かけるような「幼い子供」による「パフォーマンス」や「子供たち」による一糸乱れぬロボットのように正確なパフォーマンスも「見世物」になる。

マリーア・テレジアがサロンの寵児となっていたのは、

「幼い頃から視力を失うというハンディのある若い女性」が超絶技巧と抜群の記憶力で演奏する

というマーケティング上のセールスポイントがあったからだ。

それを「愛でる」人たちも、後にパリやロンドンでも演奏旅行をしたように、オーガナイズして「稼ぐ」人もいたはずだ。

それが成り立つには、そもそも、「子供だとか、女性であるとか、障害がある人には高レベルのアーティスティックな活動ができない」という先入観の共有が前提となる。

私がネットで読むことができる日本の雑誌の中の『クーリエ・ジャポン』の20185月号に、「母親になったら創造性は消えるの ?  -- キャリアと出産・育児の両立は「超人」がすることなのか ?」という記事があった。

>>米「アトランテッィック」誌に掲載されて大論争を呼んだ大型記事。育児と仕事の両立という普遍的なテーマに「クリエイティビティ」が絡むとどうなるのか。<<

というキャプションだ。

先入観としては、「独身の時は男に伍して活躍していた女性アーティストが出産・育児をすると創造性が消える」、言い換えると、「家事や育児という家庭生活とアート活動の両立は不可能」「だから、家事や育児を妻に任せて自分の活動に集中、専念できる男の方が優秀」ということになる。

で、この記事は、出産したラットの実験では、明確に「出産すると脳は柔軟になる」という結果を紹介している。ラットの神経回路は妊娠中に再プログラミングを始めて、子供が生まれると大胆になり危険でも日中に狩りをするようになる(夜間は子供たちのそばにいる必要があるから)。狩りの腕も、子を持たないラットの4倍の速さに上がる。脳のモーターや感覚システムも研ぎ澄まされ、問題解決の斬新なアプローチを見つけ、創意に富み、不屈で、要領がいい。

そして、いったんこのように変化した母ラットの神経回路は子供が自立した後もそのまま維持される。年をとっても記憶が衰えにくく、ナビゲーション能力も高く、早く迷路をクリアする。

母親の脳は認知力、感情、行動、あらゆる面で柔軟性を必要とされる。これはもちろん創造性に不可欠だ。

というわけで、要は、人間だけが、「母となると劣化する」かのように言われるのは、社会のシステムの問題なのだ、という結論を導きたいのだろう。

その逆に、肉体的であろうと社会的であろうと、何かのハンディを負わせられるとそれに対応するために柔軟になり、適応して、より努力するので、より高いパフォーマンスに到達できるともいえる。

その意味では、マリア・テレジアの視覚障害が、それをカバーする触覚や聴覚や記憶力を獲得させた、と考えるのは妥当だ。

でも、母ラットが獲得した神経回路を生涯維持するというのに、マリア・テレジアの場合は、ほんの一時期、視覚を取り戻しただけで、演奏技術が衰えたのだろうか。

実際のところ、脳には可塑性があり、失った機能、回復した機能に応じて、常に再プログラミングが可能だという研究もある。人間のように発達した脳をもって長生きする動物の場合、独身、出産育児時代、壮年期や老後と、神経回路も変わりパフォーマンスも変化するのかもしれない。

でもマリア・テレジアの場合は、視力を回復しかけて演奏技術が落ちた時、それをビジネス的には「不都合」だと思った人たちがいたのかもしれない。

もしも、じっくりと時間をかけて本当に視力が戻ったのなら、一時の動揺を乗り越えて、前と変わらぬ演奏を続けていたかもしれない。

それでも、「商品」としてのインパクトは下がっただろう。

彼女自身の中にも、幼い頃から「盲目の天才少女」というアイデンティティが刷り込まれていたから、それを「奪われる」恐怖があったのかもしれない。

マリア・テレジアは、少なくとも生涯独身だから「母性のハンディ」はなかった。

「女性でかつ障碍者」であるということのハンディはそれを乗り越えることで「超人」のセールスポイントになる。

けれども「母であるのに超人」というのをアーティストのセールスポイントにすることは社会的に「不都合」だ。

彼女の生きた時代のブルジョワサロン文化はヨーロッパの歴史上でも突出して、女性に「良妻」であり「母」であることを推奨し、価値観を押し付けた時代だった。だから「母であるから創造性がない、アーティストになれない」という貶めも「不都合」で、「女性であるから創造性がない、アートには向いていない」という前提のみが採用された。

マリア・テレジアは「女性でかつ障碍者」というスタンスで、一世を風靡したのだ。

売り物の一つである「若さ」が強調できなくなった30歳の年から、マリア・テレジアは、コンサートよりも作曲活動に向かうこととなった。

30代で、五つのオペラと三つのカンタータを世に出し、最後のオペラが不評に終わった後、40代からは教育に力を入れた。

50歳で、故郷のウィーンに音楽学校を創立し、若い娘たちに自ら歌、ピアノ、音楽理論を教授した。毎日曜に生徒のコンサートを開き評判になったという。

64歳で亡くなるまで現役だった。彼女の作った多くの作品は、散逸してもう聴けないということだ。


いろいろな人に利用されたり使い捨てられたりされる状況にありながら、最後まで自立して創造性を失わず、弱さを強さに変えてきたマリア・テレジアに拍手したい。


(実際のところ、性別、老若、ハンディのあるなしにかかわらず、優れた能力がある人はごく稀で、持って生まれたその能力と、それを育てる耐性、努力を続ける環境がそろった時にのみ才能が開花する。シリアで毒ガス攻撃にさらされている子供たちや世界中の難民キャンプやスラム街でサヴァイヴァルを強いられる子供たちの中にも同じ確率でモーツアルトやアインシュタインの仲間がいるはずだ。「子供たちの機会均等」の実現は、普通に暮らせているすべての人々に突き付けられる課題だと思う。)






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by mariastella | 2018-04-15 00:05 | 雑感
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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