『フランス組曲』2014 ソール・ディッブ監督『フランス組曲』2014ソール・ディッブ イギリス人ソール・ディッブが監督で、英仏ベルギー、カナダ合作のいわゆるヨーロッパ映画。 1940年、ドイツ軍占領下のフランスの地方都市で、進駐軍の責任者の一人である中尉に部屋を提供せねばならなかった屋敷に大地主の夫人とその嫁が住んでいる。夫人の息子は消息を絶ち、後に、捕虜になっていることが分かる。 村人は家賃や地代の取り立てに厳しい大地主の夫人に日頃恨みを抱いているので、立派な家に住んでいる人はドイツ軍を住まわさなくてはならないからいい気味だと思っている。 住民たちの日頃の恨みや嫉妬などがさまざまな「中傷」の密告の手紙となって中尉のところに届けられる。 もちろん、若い男たちの消えた町に、若くてたくましいドイツ兵たちが来たのだから、女たちの心も騒ぐ。 町の名士である子爵は金をつかませることで自分の城からもう一人の士官を出ていかせて農場に泊まらせる。その農場には足が悪くて出兵できなかった男と妻と子供たちがいる。士官は妻に言い寄り、いろいろあって男は士官を殺す。 逃げた男を48時間以内に発見できなかったので、「身代わり」「見せしめ」に子爵が公開処刑される。(この子爵が、フランス人役の主要キャストの中で唯一のフランス人俳優ランベール・ウィルソンだ) 男を匿ったのは、息子が捕虜になったことを知った地主夫人だった。 嫁は彼をパリのレジスタンス本部に連れていく。町を出る許可は中尉にもらった。 しかし、検問所で男を隠した車のトランクが開けられようとして… という展開だ。 金の亡者に見える冷たい地主夫人(私の好きなクリスティン・スコット・トーマス。バイリンガルなのでフランス映画にもよく出る)が、最初は嫁を見下しているが、息子が捕虜になったと知った時に、同年配の農場(彼女に地代を払う小作農)の男を匿ってパリにやる、そのまま嫁を解放することにもなるという心の変化。 多分ユダヤ系の娘で、音楽学校を出て父親から送られたピアノを嫁入り道具に持ってきたが、息子が帰るまで音楽なしと言われてピアノに鍵をかけられてしまう、嫁のリュシール。彼女を演じるのがアメリカ人で、『ブロークバック・マウンテン』でも葛藤する人妻のいい味を出していたミシェル・ウィリアムズ。クリスティン・スコット・トーマスの感情を出さない高慢なブルジョワ夫人と対照的なキャラでその彼女も、抑えた演技で好ましい。 そして中尉はベルギー人俳優で、なんだかプーチンを若くしてハンサムにして背を高くしたようなカリスマと落ち着き、冷静さがある。で、彼は軍人の家系に生まれ、兄弟たちも戦死しているが、本業は作曲家で、自分の作曲した曲をリュシールのピアノで弾く。 これはもう心をつかむ。 「もてるには楽器を一つ自由に弾けるのがてっとりばやいなあ」 と思ってしまう。 で、もうこれだけで、二人は二人の世界。 戦争だろうが何だろうが同類だと気づき、分かり合えるのだ。 しかも中尉のところに来た非難中傷の手紙の中には、リュシールの夫ガストンには町に愛人も子供もいることが書かれていた。中尉はそれを黙っていたが、それを知らされたリュシールにとっては、もう姑さえ怖いものではなくなる。 まあ、その他、戦争中という特殊な状況下におけるいろいろな心理劇や人間模様があるのだけれど、いわゆるプレス評価があまりにも低いのは不当だというほかはない。 多くのメディアでは 「ドイツ占領下の禁断の愛」 「ステレオタイプのロマンス」 「サルでもわかるドイツ占領下のフランス」 などと、もう古臭いテーマであるように切り捨てられていた。 「サルでもわかる」と言われるのは当たっている。 これまでも、確かにドイツ占領下のフランスを舞台にした映画はたくさん見てきた。 もっと複雑な心理劇もいろいろあった。 でも、この映画ほど、なんだか、その場に居合わせるような生活感を感じたものはない。 たとえば、今のフランスは「夏時間」になると太陽時間より2時間ずれる。太陽が一番高くなるのは正午ではなくて午後2時だ。 そのわけは、ドイツ軍占領時代にドイツ時間に合わせて一時間時計を早めたのを維持したまま、さらに夏時間で時計を進めるようになったからだというのは知っていた。それを知った40年以上前は、ネットなどなかったので、どうして、占領下でドイツに押しつけられた時間をフランスはずっと採用したままなのかを不思議に思ったけれど調べなかった。まあ光熱消費の経済的合理性(夏時間もそのために導入された)からだろうとは思ったけれど、どういう「条例」などがあるのかあったのか分からないままだ。 で、この映画で、まさかと思っていた地方都市に突然ドイツの戦闘機がやってきて爆撃し、駐留軍がやってくる。彼らが真っ先にしたことは、広場の時計台に上って、時計の針を一時間進めたことだった。そして、中尉がリュシールの家に来た時も、最初にしたことが、「あ、いいですか、時間に遅れると困るので」と一応断って、リビングの時計の針を自分でさっと一時間進めた。ドイツ兵はドイツ時間で動いている。それだけのことだ。 この「時間の支配」の暴力が、実感を持って、住民たちに彼らの世界はもう彼らのものではない、と分からせる。 今までの占領映画、レジスタンス映画にもそういうシーンはあったのだろうか? あったのに覚えていないとすれば、私の感受性が変化したのだ。 ここを見ただけで、これはメロドラマではなく反戦映画だと思ってしまう。 「サルでもレジスタンスにしてしまう映画」だと思う。 それは別にドイツ兵が悪くてフランスの住民が被害者だというものではない。 「秩序」が破壊された時には、すべての人が持っているはずの善良な部分も破壊される。 恐怖や憎悪や迎合や保身ばかりが突出するのだ。 リュシールを大切に思う中尉も、自分の権力の及ぶところでは協力できるけれど、いったん上からの命令があれば子爵の銃殺刑の号令をかけなくてはならない。 中尉が残したのはリュシールのために作曲した「フランス組曲」という作品の楽譜だった。 組曲は、前奏曲にさまざまな舞曲を組み合わせたフランス・バロック・スタイルの曲だ。 「フランス組曲」というネーミングに万感の思いがこめられている。 この映画の原作は、1940年にブルゴーニュの村でドイツによる占領を経験したユダヤ系フランス人(ウクライナ生まれで、ロシア革命の時にパリに亡命してきた)のイレーヌ・ネミロフスキーという人のフランス語の小説だ。すでに人気ある小説家だったそうだが、1942年にアウシュヴィッツで歿し、収容所で書き続けた自筆原稿が50年後に娘の手によって発見されて出版された。日記だと思われてしまいこまれていたのだそうだ。 戦争の始まりからつかの間の愛、を経て、「抵抗」、「解放」、「平和」と続く壮大な歴史小説の構想があったようだが、実際の著者は終戦を待たずに殺されてしまったわけだ。 もっと評価されてよい映画だと思った。
by mariastella
| 2018-04-20 00:05
| 映画
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