(これは前の記事の続きです)
Q 2 研究の対象を聖ベネディクトの戒律を採用している修道会に限ったのはどういうわけですか?
A 聖ベネディクトの戒律にインスパイアされた修道会と、托鉢型修道会とでは、暮らし方と、物質財に対する関係へのアプローチがまったく違います。
ベネディクト会やシトー会は、自分たちの労働によって生活の資を賄おうとしています。托鉢修道会や説教修道会(ドミニコ会)は、神の言葉を担うために、労働というくびきから解放されることを願いました。
私は論文の一貫性のために前者に集中することにしたのです。それは別に聖ベネディクトの戒律の方が優れているという表明でも価値判断でもありません。
(托鉢修道会も私有財産は認めていない。中世において伝統的な修道会の多くが荘園領主化したことへの反省により、托鉢によってのみ生活の資を得る修道会がうまれた。アッシジの聖フランチェスコによるフランシスコ会がその代表で、カルメル会なども含まれる。時代と共に、寄進などによって修道会としての財産を保有するようになり、さまざまな形態が生まれた。聖ベネディクトの戒律は、イタリアのモンテ・カッシーノにベネディクトゥスが最初の修道院を作った後の530-556年にできたもので、衣服などの私物も決まったものを貸与される形で、四足獣を食べない、沈黙の強制、典礼、労働など微細にわたる。ネットでも検索できる。ここで扱われるのはいわゆる自給自足のコミュニティで、前に書いた『祈り』の映画の中にあるような施設もこのノウハウにインスパイアされているともいえる。)