(これは前の記事の続きです)
Q 5 あなたの研究は労働、働き方についても向かっています。修道経済は働き方に何をもたらすのでしょう?
A 最も重要な要素は、労働と報酬とを分離することにあります。これはもう長い間論議されているベーシックインカムという考え方の一つの形だといえるでしょう。修道者たちの受け取るものは、それぞれの必要に応じた者であり、例えば学歴などとは関係がありません。このやり方は、あるポストを獲得するための競争原理を撤廃します。修道院長であることと倉庫番であることは受ける収入になんらの違いももたらしません。今の社会における所得格差について大きな問いを投げかけます。企業のトップと平社員の所得格差が20:1ならまだ容認できますが、250:1などは異常です。修道経済が教えてくれるのは、有能な経営者を引き抜くために莫大な報酬を提示する必要などないということです。では、必要経済においては報酬を決定する基準を定めるのは誰でしょう? 修道会においては、そのような基準の上位に「聖ベネディクトの戒律」があるわけです。世俗社会において、異常な格差を正すためには、市場原理の上位となる基準コンセプトが必要です。
(金権社会、利潤追求が第一の社会では、一部の強者が弱者を搾取したり切り捨てたりすることに歯止めが利かない。政治の部分では、立法府や行政府の暴走に歯止めをかける「憲法」があるわけだが、経済の分野では多くが「野放し」だし、「規制緩和の法律」なども、それがどのように「基本的人権」を侵害するかというような直接のチェックは困難だ。もっと分かりやすい分野でも、違憲が実体化すると憲法の方を変えようとするくらいだ。憲法の条文を変えるとしても、その上に立つ理念や理想にさらに近づけるためのものでなくては意味がないはずだが、なかなかそうはいかない。「聖ベネディクトの戒律」の上位にキリスト教の根源にある平等主義や平和主義や兄弟愛、弱者優先の理念があるから、今でも機能しているのかもしれない)