(これは前の記事の続きです)
Q 8 修道経済の研究におけるもう一つの重要なテーマはエコロジーでしたね。
A 出発点ではむしろそれが私の軸方向だったのです。でも、そのうちに、修道院においては、修道者自身によっても、深く考察されるに値するアスペクトであるとすでに自覚されていることが分かりました。だから、むしろ労働についての彼らの考えを聞く方が重要だと思うようになったのです。でも結果的には、修道院では、はっきりとした形をとらないでもエコロジックな実践がされているという結論に至りました。
例えばピエール・キ・ヴィール修道院では、生産高第一主義の農業を捨てたのですが、それは、環境保全に対する確信からではなく、そのアプローチではやっていけなくなったからでした。またランドル修道院では、チーズを生産していますが、もちろん添加物などない昔からの自然製法ですが、BIO(自然食品、オーガニック食品として認定されたものに許可されるマーク)という認定マークをわざわざ申請して付けていません。そのマークが彼らのマーケティングに何らの影響を与えないだろうからです。
修道生活のもう一つのエコロジー的な側面は、ほとんどの修道院において、聖書の「詩編」が週一度は全編歌われていることです。
天は神の栄光を物語り/大空は御手の業を示す。 (詩編19,2)
と毎週歌っていて、
Lex orandi,lex credendi (祈りの法が信仰の法=祈りの中で唱える言葉が信仰を生む)と典礼の中でも歌い続けるうちに、どんな修道者も、自分では気づかないままに、神の被造物である自然をリスペクトして信仰を深め、エコロジストとなっているのです。
(今のフランシスコ教皇の福音宣教の大きなテーマの一つがエコロジーであることとも合致する。聖書世界では、自然は人間と同じ被造物であり、共に生きて神の栄光をたたえることになっている。
「多神教世界では自然と共に生きるがキリスト教世界では人間が他の生き物を支配して自然も破壊した」
などというような言説がなされることがあるが、それは、人間が科学技術の発展と共に神を捨てて勝手に暴走した結果だ。利潤追求至上主義の蔓延は、文化や宗教と関わりなく、社会を、地球を、子供たちの未来を蝕んでいる。)