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L'art de croire             竹下節子ブログ

『アンナとアントワーヌ 愛の前奏曲』クロード・ルルーシュ

3年前の映画。相変わらずがんばっているルルーシュの映画はなんだかさすがに新鮮味が感じられなくて最近見ていなかったが、仕事が一段落したのでなんとなくTVで視聴した。


原題は『Un + Une』つまり、有名な『男と女』の原題『Un homme et Une femme』の冠詞だけを残した感じ。


でも実際は、『男と女』の3年後の69年にベルモンドとアニー・ジラルドというキャラの合わない男女が引かれ合うという『あの愛をふたたび Un homme qui me plaît (1969)』(既婚のフランス女優とイタリア人の妻がいる作曲家がアメリカで恋に落ちるストーリー)という映画をどちらも好きだったジャン・デュジャルダンとエルザ・ジルベスタンの二人が、このようなストーリーをやりたいと監督に話して実現したものだそうだ

趣味や感受性やライフスタイルが似ている者同士のマッチングを図るネットの出会い系サイトやパートナー・サービスとは違って、実は違う者ほど惹かれ合うというフランスっぽい愛の定義に合っている。

ルルーシュは男と女の力関係の駆け引きをボクシングの試合のラウンドのように構成したという。

前に『À bras ouvertsで、ブルジョワのアーティスト夫人を演じたのが印象に残ったエルザ・ジルベスタンがインドにいるフランス大使夫人役で、こういうある意味の俗物役がこの人にはよく合っている。

大使は60代になったクリストフ・ランベールで懐かしく、登場場面は少ないのになかなか癖があり凄みもある。

主人公はこの映画を撮った2015年には人気絶頂だったジャン・デュジャルダンだ。


いきなり宝石店の強盗シーンから始まる冒頭のインパクトはなかなかのものだし、

そのエピソードにヒントを得た「インドのヌーヴェル・バーグ」風の監督が白黒写真で「ジュリエットとロメオ」という映画を作るというサイドストーリーもおもしろい。インドが舞台のロード・ムービー風という売りどころも分かるし、色彩豊かでエキゾチックで効果的なのも認める。でも、正直言って、「貧しく見えても人が生きるために生きている」国、「不幸の受容がある」国、正直で寛大で、インドに行くとヨーロッパ人のエゴイズムが叩きのめされる、と感嘆するルルーシュの「上から目線」のヴァリエーションみたいなものが鼻につかないでもない。


ルルーシュと組んできたフランシス・レイやミシェル・ルグランらへのオマージュでもあり、ルルーシュは彼らの音楽を通して神が表現しているのだ、などと言っている。(この映画の音楽もフランシス・レイだ。)

インドの群衆の様子と、実在の女性カリスマであるアンマの話も重要なファクターになっている。このアンマについては前に書いたことがある。

TVでこの映画の放映が終わって、二人の主人公やクロード・ルルーシュがゲストになってインタビューされながらルルーシュ映画を振り返る番組が続いた。ルルーシュの若々しさには驚く。80歳の老巨匠というより、まるで若者のように生き生きしている。この映画も当時78歳の監督がはるばるインドで撮影したのだからすごい体力だし、カメラワークひとつとっても、無邪気なくらいの生き生きした感嘆が伝わってくる。

けれども、映画が、もともとオリエントの霊性を研究していた夢見がちのフランス人女性と、合理的で自分の才能と才覚だけを信じている現世的な男との出会い、となっているのだけれど、そのどちらにも共感できない。

そんな二人を楽しそうに撮っている恋愛映画の名手というルルーシュ(この映画を久々の名作だという評もある)の若さには感心するけれど、全体にフランス人の悪い意味での軽さがインドを通して透けて見える。

主人公が自分のことについて「arrogance à la française」などと認めるシーンがあるが、そう、まさに、フランス人のエレガンスと自虐趣味と微妙にセットになっている独特の傲慢さが、全編を貫く軽さから匂い立つ。

大群衆の中の一人になった後で「たったひとり」としてアンマに抱擁されて「覚醒」するとか「再生」するみたいなスピリチュアル体験にもひいてしまう。

このアンマという人、こんなことを毎日、何年も続けていて、どういう心理状態にいるのだろう。

「先進国で心の病んだ人、疲れた人ご用達」という現実を見るだけで距離を置きたくなる。

アンマに抱擁してもらいたくないし、ルルーシュはすごいけれど、別に友達になりたくない、と思った。


これはフランスに来たアンマとルルーシュの抱擁のyoutube (広告が先に出た場合はskipした後)。



by mariastella | 2018-05-23 00:05 | 映画
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