ラ・フォンテーヌの詩をめぐってひと昔前ならフランスの小学3,4年生が必ず暗唱させられたラ・フォンテーヌのこの詩。 フランス語なら意外に暗唱しやすいのは音節の他に、脚韻を踏んでいるからで、各行の終わりは4行ごとに、ABAB/ABBA/AABB/AABB/AA という脚韻だ。
Travaillez,prenez de la peine : C’est le fonds qui manquele moins.(ここまでが教訓) Unriche Laboureur, sentant sa mort prochaine, Jean de La Fontaine
だから日本語なら8ビートの五七調で訳すと雰囲気が近くなるだろうが、大要はこういうものだ。
代々の土地を耕してきた裕福な農耕者が死期が近いことを悟って息子たちを集めて、実はこの土地には財宝が隠されているのだけれど自分は見つけられなかった、だから、土地を売ることなく、隅々まで掘り返して宝を見つけるようにと言い残す。息子たちは隅々まで掘り返すが宝は見つからない。でも、よく耕したので豊作になった。宝とは「働くこと」だったのだ。教訓は「努力することが一番確かだ」という感じ。
で、勤勉の勧めであると同時に、「働かざるもの食うべからず」のヴァリエーションのように読まれることもある。 「働かざるもの食うべからず」と言うと聖書の文句やらスターリン憲法も想起してしまって、近頃では「自助努力」至上主義などにもつながって微妙でもある。生活保護バッシングなんていうのもあるし。
まあ、「怠けるのはよくないよ」という基本線は分かるし、フランスでヴォルテールの『キャンディード』にある「我々の庭を耕さなければならない」(リンク先のVoltaireのテキストの終わりから4行目の《il faut cultiver notre jardin.》その後に、人はエデンの園に置かれた時から働くために造られた。何も考えないで働くことが人生を我慢する唯一の方法だ、とある)というのともセットにされて語られることもある。 バカロレアの筆記試験の一つの典型だ。 例題解説をリンクしておく。 ラ・フォンテーヌとヴォルテールと他のふたつのテキストを読み比べて、「労働が人間を築くのか」について意見を述べよ、という問題だ。労働観の変遷について述べる必要があると示唆されている。 でも、ラファエル・エントヴェンが最近のラジオで面白いことを言っていた。 この人は哲学者でなくソフィストだと言われるくらいもはや「哲学芸人」的存在になっている。 でも彼のそのスタンス自体がすごくフランス的でもある。 で、彼は、このラ・フォンテーヌの寓話は、「労働が大切」と読むのでなく、「良い結果を得るには嘘も方便だ」とも読めるというのだ。 息子たちは父の嘘を信じて自分たちで汗を流して必死に働いた。そのことで実りが得られ、達成感、自分自身に信頼、自信を持てた。嘘は自己肯定感に至る道となることもある。 同時に、自己への信頼とは獲得し「所有」するものではなく、常に「求める」ものである。 この話は私が前に書いたように、神だの超越だのを感じるには「ファクト」は必ずしも必要でないし、さまざまな典礼や神話から小説や芝居まで、「真実」に至るためには必ずしも「事実」を必要としない、という話と通じる。 真偽とは別の次元で何かを「信じる」「信じ込む」ことが新しい視界を開いてくれることがある。 逆に「信じる」ことが内向きになり、窓や扉を次々と閉めるような方向に行くのでは「真理」に向かわない。内的な自由の希求につながらないものは「仮置きの真理」ですらない、ということだ。 でもこの頃考えているのは、信じることと合意することとは別だなあということだ。 ネットのアプリなどで、煩雑そうな「規約」をろくに読まずに「合意する」をクリックすることはよくある。 それは「信じる」ことと関係がないが、まさに、「合意する」「受け入れる」ということで、それをクリックしてはじめて開けて参入できる世界がある。 そう思うと、「アーメン」はまさに合意する、受け入れるという部分なのかもしれない。 まあ、この世には、じっくり読んでから「合意する」にクリックしないと面倒になる罠が仕掛けてある「お誘い」も少なくないだろうから、どこに向かいたいのか、何に対して扉を開けておくのかという基本的な方向性について自分の中で納得できるか、を先に考えておかなくては、と自戒する。
by mariastella
| 2018-06-13 00:05
| 哲学
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