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L'art de croire             竹下節子ブログ

シャルル・グノー『血まみれの修道女』(La Nonne sanglante)

6/10、オペラ・コミックにグノーの『血まみれの修道女』(1854)を観に行った。

普段なら、19世紀ロマン派オペラはスルーしているのだけれど、前の週にパリでポスターを見てそのインパクトに打たれて、ついチケットを買ってしまったのだ。

シャルル・グノー『血まみれの修道女』(La Nonne sanglante)_c0175451_02241290.jpeg
このポスターはオペラ/コミックの外の壁のもの。

シャルル・グノー『血まみれの修道女』(La Nonne sanglante)_c0175451_02224900.jpeg

中にもこうして貼られていて、左にある、今シーズン全体のプログラムそのもののポスターも同じテイストで怖い。

この話はルイスの『マンク』のエピソードをもとにしたゴシック・ロマンというかゴシック・ホラーで、ホフマンらも同時代。私は高校時代、ドイツの小ロマン派の小説が好きで大学ではドイツ語クラスを選択していた。

で、行ってよかった。

エンターテインメントとして最高だった。

もちろんバロック・オペラ愛好家にとっては、「別世界」だ。

挿入されるダンス曲が「ワルツ」なのが、完全な断絶だけれど、それでも、たった11回で打ち切られたという初上演の時は踊られていたと思う。今回は、唯一黒人のソロダンサーがダンス的な動きを見せるシーンの他は、すべてスローモーションのパントマイムみたいな演出だ。フランスのオペラ・バレエの伝統が好きな私としては残念だ。振付が自然に頭に浮かんでしまう。

けれども、そういうバロック頭の先入観なしに見れば、すばらしい演出だった。

ミニマリストでビデオなども駆使しているけれど、コーラスやダンサーの「群衆」像をすべて「絵」にしているのは見事だ。何よりも、歌手たちが役者として優れていて感動ものだった。

ばりばりのベル・カントにも圧倒される。

ホラーの効果も成功しているし、父と息子の確執(この話には「母」が見事に不在で、「父」の権威、「宗教者」の権威、「神」の権威が、女性だけでなく「息子」も完全に支配している)というテーマと意外に相性がいい。

父が20年前に過去の許嫁を殺したと言っているのだから、次男である主人公のテノール、ロドルフはどう計算しても18歳くらいのはずで、父と兄が死に、家長となる一種のイニシエーション・ストーリーだ。(父に殺された女性が血まみれの幽霊となって現れるわけだ。)

中世ボヘミアで互いに戦い殺し合う二人の領主を諫め、平和をもたらすために隠者ピエールという宗教者が、和解のために両家の婚姻を勧める。アニエスという娘は敵の家族の長兄と無理やり婚約させられる。

けれども弟のロドルフは、愛し合うアニエスを兄に奪われても兄と戦おうとはしない。

兄が死んだ後でもアニエスと結ばれるために「血まみれの修道女」の呪いを解くために父を殺すことも拒否してすべてを捨てて去ろうとする。

愛よりも、儒教風の「家族の長幼の義」を守る若者だというのがおもしろい。

それでも、物語はどろどろと展開していくので、音楽を抜きにしたら歌舞伎で「四谷怪談」と「菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)・寺子屋」を一度に見たような強烈で「濃い」印象になる。

「血まみれの修道女」のメイクも歌舞伎風にすごいし、手も血まみれというより黒塗りされているのも怖いし、何よりも、メゾソプラノのマリオン・ルベーグがそれこそ歌舞伎の「寄り目」のように「白目」をむいているのが鬼気迫る。

「血まみれの修道女」のライトモチーフの半音階や打楽器の使い方、チェロ、トロンボーン、ハープなども効果的だ。音楽の豊かな色彩感はさすがにフランス音楽だと思う。

舞台がすべてモノクロで、村の婚約者カップルのブルーの服を除いて全員が黒い服、「血まみれの修道女」だけが幽霊らしく白い服(最初の登場シーンでは血まみれになっている)というモノトーンの世界で、音楽の色彩感がいっそう際立つ。

グノーの生誕200年とはいえ、よくこんな作品を復活上演したものだと思う。

女性指揮者のローランス・エキルベイは、コンテキストの理解のために、文学史も学び、ロドルフの心理を理解するためにラカン派の精神分析医のアドバイスまで受けたという徹底ぶりだ。

アメリカのテノール歌手マイケル・スパイアーズはとにかく出ずっぱりの一人芝居で、歌手冥利、役者冥利に尽きるような力技だが、この人はオテロとかファウストとかドラマティックなものをよく演じている。どちらかというとずんぐりしていて舞台映えするような人ではないのだけれど、演技力あり過ぎ。

ゴシック・ホラーが説得力ある人間ドラマになっている。


グノーはアヴェ・マリアで有名な敬虔なカトリックだったが、この上演当時には、「復讐の悪魔に憑りつかれているいる修道女」などという描き方は不道徳だとか、幽霊は音楽だけで表現すべきで、歌わせる必要はなかったとか、いろいろな批判があった。テオフィル・ゴーチエや、ベルリオーズ(作曲しかけてやめた)からは称賛されている。

修道女役はやはり目を見開いてすごい形相だったようで、死体の動きのために解剖学を研究したのではないか、とまで言われていたようだ。


日本の幽霊は「あちらの世界」の動き方で、「屍」の動き、とは別だと思うが、夜の12時という「境界領域」に現れるこの修道女はやはりまだ「生と死」の境界にいるのだろう。

カーテンコールで、オーケストラの全員が舞台に上がってきたのも珍しい。

シャルル・グノー『血まみれの修道女』(La Nonne sanglante)_c0175451_02182087.jpeg
チームの力が絶妙のバランスで感じられるのも快かった。



by mariastella | 2018-06-17 00:05 | 音楽
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