先ごろのG7サミットでのアメリカ撤退劇と続く米朝会談を見て思ったこと。
G7で、我々共通の「警戒すべき敵」は中国だから、と水を向けられたトランプが「いや、アメリカの敵はヨーロッパだ」と答えたのだそうだ。
これにはヨーロッパがのけぞったようだ。
G7のヨーロッパと言えば、英独仏伊、第二次大戦では連合国と枢軸国に分かれるし、独仏は、一時ドイツに占領されたフランスが戦後ヨーロッパ共同体を呼びかけた仲だ。
で、このアメリカ、特に、あらゆる国際合意を蹴って、二国間の力比べに改宗しようとするトランプの前で、一国ずつでは「勝ち目」のないヨーロッパは、本気でアメリカから自立しなくてはならない、と覚悟を決めるそうだ。
戦後ずっとアメリカの核の傘に入って守ってもらっていた「被保護者」の習慣からいよいよ抜け出すべきだと。
ヨーロッパと言えば、移民国家アメリカのルーツの国々だから、なんとなくそれなりの「権威」を保っているのかと思っていた。しかも、第二次大戦の連合国側だった英仏の二ヵ国は「核兵器保有」を国際的に正当化している国だ。日本の立場とは根本的に違うと思っていた。
でも、考えたら、第二次大戦というより、その後40年以上続いた「冷戦」が今のヨーロッパのメンタリティを作ったらしい。
つまり戦争で荒廃したヨーロッパは、「復興」のために、軍備どころではなかった。国境を接する「共産主義陣営」に対する「防衛」の余裕はなかった。そこで結局、NATOの名のもとに、実質上アメリカの庇護地域となっていたし、冷戦後もその状況に慣れきっていたのだ。
考えてみると、アメリカもそうだが、今のヨーロッパの政治家たちはみな「戦後」生まれだ。「世界はアイゼンハワーのアメリカとフルシチョフのソ連の二大国のにらみ合いからできている」と思って育った人がマジョリティである。
アメリカは南北戦争以来、戦場となっていない。9・11を除いては、「攻められて」いない。
「共産主義陣営」から直接ミサイルを向けられていたヨーロッパ、中東とも地続きで難民が押し寄せるヨーロッパ、北朝鮮や中国に近くソ連(今はロシア)とも近かった日本などとは「脅威」の質が違う。
「鬼畜米英」などと言われてアメリカを憎悪させられていた日本人がいつのまにかアメリカ一辺倒になって日米同盟と軍事基地提供がデフォルトになっていることにあらためて驚いていたが、ヨーロッパも同じだったのだなあ、と今さらにして思う。
でも、結局、ヨーロッパの決意が、
《ではあらためて、アメリカからの庇護なしで「自力の軍事力」を高めよう》
という方向になるのでは何かが間違っている。
あれだけ争いの絶えなかったヨーロッパ内をせっかく恒久非戦ゾーンにしたのだから、自分たちの保身だけではなくその平和の理念を外に広げていく方向に行ってほしい。
現実は、ヨーロッパ内の理念の共有さえあやしくなって、押し寄せる難民の前にナショナリズム全開になりつつある国も出てきている。
ジョスパン政権時代の外務大臣ユベール・ヴェドリンヌは、そもそもヨーロッパがアメリカに追従してロシアを制裁したのがまずかった、ロシアを取り込むべきだった、と言っていた。結局ロシアは、中国、イラン、インドなど「非ヨーロッパ新興勢力」とのが新しい「勢力圏」を形成し、そちらの方が少なくとも表面上は明らかに「協力」体制が強固そうだ。
それでも、人がすべての同胞との平和を希求する時代はきっとやってくる、と、信じたい。