ブラッド・アンダーソン『ベイルート』ブラッド・アンダーソン監督の『ベイルート』
レバノンのベイルートにおける1972年のアメリカ大使館テロから内戦を経て1982年にやはりアメリカ大使館の高官がPLOに誘拐される事件を通して、「人質交換」をめぐるサスペンス映画。 主演はジョン・ハムという人で、最初のテロで外交官として勤務していたメイソン役。大使館で妻を殺され、養子にしようとしていたパレスティナの少年カリムとも別れる。 カリムの兄がばりばりのパレスティナ解放同盟の活動家だった。 メイソンはアメリカに帰り、アル中気味で、中小企業間のネゴシエーターをしていたが、レバノン時代の友人が誘拐され、PLOがメイソンを仲介役に指定したと知って10年ぶりに現地を訪れる。
撮影はモロッコだそうだが、内戦で荒廃したベイルートの町の悲惨な様子は、ついこの前「イスラム国」から奪還されたイラクやシリアの歴史的な美しい町の惨状と重なる。
この映画はアメリカ視線、白人視線で、実際のレバノン人は誰も起用されていない、アラブ人への偏見があるなどとも批判されたそうだが、当時の状況を内側の人間ドラマを通して実感できるという意味で貴重な情報提供だと思う。
前に『アルゴ』を見た時も、ホメイニ革命でのクライシスの裏側を観て興味深かった。この『ベイルート』はスリラーとしては『アルゴ』ほど成功していないのだけれど、イスラエルとパレスティナとアメリカのからみがよく分かる。 レバノンは元フランス語、フランス文化が浸透していた国(中東の多部族の抗争地域で土着のキリスト教徒を守るための緩衝地帯として創られた政治的な国)で、この映画にもフランス語のポスターがちらりと出てくる。でももちろんすべてはアメリカ視線だ。アメリカン・ユニヴァーシティも出てくる。 この期間のテヘランやレバノンやカイロというのは個人的に縁の深い場所なので、当時を回顧して内側から再構成するような映画はどうしても観たくなる。
パキスタン、アフガニスタン、イランやトルコや中近東のその後の展開、冷戦後の軍産コングロマリットのグローバル化と油田の利権、東欧の内戦、イスラエルとパレスティナの戦い、イスラム原理主義とテロリスト、米英軍のイラク派兵、アメリカやヨーロッパでの報復テロなど、この映画の終わった時点から35年以上の月日が経った。 ようやく今になって、自分にとって一番ものが見えてくるのに適当な距離感と視座が決まって来た。
この映画は決して「昔の戦争の話」などではなく、エスカレートして再生産される愚行のプロトタイプの一つとして身につまされる。 傲慢と非人間性がいつもセットになっているのも分かる。 車で映画館に行ったのだが、信号待ちの道路の横に「シリアのファミリー」という紙を掲げてのぞき込む中東の男とそばにうずくまる母子がいた。 このような現実は、日本で映画を観る人には想像できないだろう。
こういう時に本当にするべきなのは、「当局」に知らせて家族を保護してもらうことだろう。彼らは本当のシリア難民かもしれない。明らかな未成年の難民なら必ず保護してもらえるはずだ。 フランスには、長い間、子供とセットにして物乞いをさせる組織的なロマ(ジプシー)のネットワークがある。子供は少し大きくなると今度は「ひったくり要員」として放たれる。 いや、中世からずっと、さまざまな「弱者のふり」をして喜捨で生きる人々のたまり場もあった。 メトロの中の物乞いにもさまざまなタイプがあり、当初、何もできないことに罪悪感を抱いていたら、「あれは商売なのだから相手にしてはいけない」と言って罪悪感を解消してくれたフランス人の司祭もいた。
そのような国に何十年も住んでいたら、「シリアのファミリー」と称する人が道路にうずくまっていても、とっさに懐疑と警戒の念が起こる。申し訳ない。 二十世紀のふたつの大戦後に「大国」の恣意的な世界地図の線引きによって起こった数々の悲劇は形を変えて続いている。私にとってはそれは1970年代からずっと身近にあるものだ。 それらのことをいつも考え続けるのはつらいけれど、いろいろなことを想起させてくれる「映画」との出会いには感謝する。
by mariastella
| 2018-06-20 00:05
| 映画
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