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L'art de croire             竹下節子ブログ

ルルドで「診療してはいけない」お医者さん その1

「ルルドの水」で有名な世界的な巡礼地ルルドにある医学検証事務所に、突然のアレルギー発祥で駆け込んだアメリカ人女性ツーリストの前にいたのは、一部の隙もないエレガントなスーツ姿の医師アレッサンドロ・フランシシスだった。


「申し訳ないです。私は医者ですが、診察はできないのです。契約書に書いてあります。私は役に立たない医者です。治った患者しか受け付けないのです。」


というのが彼の対応だった。


LOBS/n.2797》の載った『奇跡ドクター』という記事の冒頭だ。(下の写真もL'OBSの同記事より)

ルルドで「診療してはいけない」お医者さん その1_c0175451_18242363.jpeg

LOBS》というリベラル雑誌にルルドの奇跡の話が載ること自体が意外だったので、どういうトーンなのか知りたくて読んでみた。

ルルドと言えば、1858年に川沿いの洞窟に聖母マリアが「御出現」して、湧き出た泉の水で、たくさんの「奇跡の治癒」が起こった巡礼地。


医師団のお墨付きによってその「奇跡(実際は奇跡認定は司教によるもので医師団は説明不可能、という結論を出す)」を認定しなくてはならないほどに「あやしい」ケースが多いのか、あるいは逆に、科学の名において高らかに効能をうたい上げるという宗教的、経済的な「戦略」なのか思われるかもしれないが、実はそのどちらでもない。

古今東西、ありがたい水やらお守りやらお祈りやらが「効く」とされて多くの巡礼者を集めている「聖地」だのパワースポットだのはたくさんある。

そういうところに行く人の中にはすでに「期待」があり、そういう人々の期待の集合パワーもすごいし、積み重ねられてきた「物語」や築き上げられてきた「演出」も半端ではないから、「現時点では説明不可能な完全で突発的な難病治癒」などというもってまわった「お墨付き」など誰も必要としない。


それなのに、ルルドにだけものものしくそんなものがあるのは、アレッサンドロさんが言うように、ここが「デカルトの国」だからだ。

しかも、「蒙昧」を吹き飛ばしたフランス革命の後のフランスに突如として出現した「新しい聖地」だからである。


アレッサンドロさんは、別に奇跡を期待し確信しているわけではない。「奇跡の認定があっても別にボーナスは出ませんから」と笑う。


2009年にこのポストに就いてから201220132018年と3件の「奇跡」認定につながる仕事をしてきた。

それは、聖地内で起こった不思議な治癒が報告されてそれを吟味して検査して専門医に問い合わせてチェックする、という単純なものではない。ルルドで流れる時間は普通の「お役所仕事」の時間とはかけ離れている。

「洞窟のドクター」と呼ばれるのが好きだというアレッサンドロさんは「リタイアした信仰深いお医者さんの余生を捧げる」仕事としてこのポストについているわけではない。


父親がイタリア人で母親がアメリカ人で、ハーバードの学位も持っている。英独仏語のトリリンガル。イタリアの大学で医学部教授だっただけでなく、ナポリの北、カンパネラ州カゼルタの行政トップである政治家だった。2009年、地方の名士であり職業人として脂の乗り切った54歳の時に、突然タルブ=ルルドの司教から手紙を受け取った。

人口14千人の小都市ルルドの聖域内で「奇跡の治癒」が申告される事務所の常駐責任者になることを要請されたのだ。(常駐は2人。聖域全体では300人が正規職員)

アレッサンドロさんは四ヶ月も迷った末に、引き受けた。

独身であることは身軽だが、母と二人の姉妹を支えていた。

それでも、ルルドで働くことは魅力的だった。

17歳の時、初めてナポリからルルドにボランティアに行った。そこで病人の世話をしながら、医者になるという使命感が生まれた。特に病気の子供たちをルルドの聖水の浴槽に浸ける手伝いをしている時に、将来は小児科医になると決心したのだ。

(続く)


by mariastella | 2018-06-28 00:05 | 宗教
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