L'art de croire             竹下節子ブログ

イプセンの遺作『わたしたち死んだものが目覚めたら』

行きつけの小劇場Théâtre du Nord Ouestのイプセン全作上演シリーズのうち、最晩年の作で文学的遺言とされる『Quandnous ressusciterons d'entre les morts(わたしたち死んだものが目覚めたら)』を観に行った。

イエネールでなくエミリー・サンドルが演出・照明・・衣装すべてを担当。


国際的に著名なノルウェーの彫刻家ルベックを通して、人生と作品の間における芸術家のジレンマ、一方のためにもう一方を捨てるという永遠の間違った選択についてのイプセンの自問が、ここでは、「あの世」との境界を取り除くことによって「アートや恋に殉ずること」ことの意味を問う形になっている。


ルベックは『復活の日』という大理石の大作で知られる彫刻家。

晩年に若い妻と故国ノルウェーに戻る。海辺の保養地で無為の中で人生の意味を問い直している。

c0175451_20474018.jpeg
舞台の初めはそれぞれ新聞を読んでいる二人。今ならそれぞれがスマホを見ている感じだ。


妻マイアとのすれ違いがあらわで、マイアは不満をつのらせている。そこに現れた野性味あふれる猟師にマイアはすぐに惹かれる。

自由を求めるマイアが猟師と去った後で、ルベックの前に、『復活の日』制作のミューズとなったイレーヌが出現する。

若かった頃の彼はアートへの情熱に目がくらんでイレーヌの人生を踏みにじった。イレーヌはルベックを愛していたが、ルベックはイレーヌに触れなかった。作品こそが2人の「子供」になるはずだった。

イレーヌは魂をすべてルベックの作品につぎ込まれて、以後の人生を抜け殻のようになって死んだのだ。ルベックはイレーヌを取り戻すことができるのか、イレーヌは生き返ることができるのか ?

理想と現実と狂想、夢と現が交錯する。イレーヌは『血まみれの修道女』のアニエスのように白服で、黒服の霊媒のような女性を連れて現れる。


ルベックはイレーヌに


「何よりも芸術家、人生をかけた名作を創ろうという欲望に憑りつかれた。『復活の日』というタイトルでなければならず、死から目覚める若い女の姿でなければならなかった。君はぼくにとってただのモデルではなかった。ぼくの想像の源泉だった」


 という。

けれども、今は美術館に収められている『復活の日』は、当初のプランでイレーヌが信じていたものとは違う。イレーヌが去った後、復活の処女神の周りに次々と群像が付け加えられ、イレーヌがモデルだった彼らの「子供」は隅に追いやられて「その他大勢」でしかなくなっていた。

死の世界とつながるイレーヌの恨みつらみも、ルサンチマンもすごいが、

「お前は私の芸術のミューズではない、何のインスピレーションも与えてくれない」と言われ訂正るに等しい立場の妻マイアの怒りと絶望と欲求不満も深刻だ。

イレーヌとルベックには、その後どのような失望や別れがあったとしても、一時はこの世のものとも思えない何かにインスパイアされてアートのクリエーションを分かち合った思い出が共有されている。

マイアのように、芸術家のそばにいてそのアートから締め出されているのは連れ合いにとって残酷だ。

それにしても、この戯曲を通して浮かび上がるイプセン自身のこれほどまでの懊悩の背景は何だろう。

 この作品はイタリアやドイツなどに住んでいる頃に有名になったイプセンが晩年にノルウェーに戻ってアートと人生について自問したものだ。


『ペール・ギュント』も書かれたのはローマだ。ドレスデンやミュンヘンでも暮らしている。彼がローマやミュンヘンというカトリック地域で暮らしたことは興味深い。


ノルウェーで生まれ育ったという出自自体が家庭環境と相まってイプセンのトラウマになっていたらしい。

事業に失敗した父親がアルコールに走り、母親はプロテスタント神秘主義にのめりこんだという。

イプセンが生まれ育った時代から1945年に至るまで、ノルウェーはルター派プロテスタントであるルーテル教会だけが唯一の宗教で、1683年以来、カトリック信者は財産を没収されて国外追放されるという宗教原理主義のような国だった(ルーテル教会が「国教」「でなくなったのは2012年)。

そんな空気の中で、家庭的に不幸だった母親による厳しい倫理観などが、芸術家魂を持つイプセンにとって傷となったことは間違いない。

イプセンはノルウェーの国民的作家として認知されているし、文学サロンで知り合った妻と生涯連れ添っている。政治家となった一人息子はイプセン生存中の1903年に首相になり、1905年にノルウェーがスウェーデン王国から分離するのに大きな役割を果たした。少なくとも晩年は「家庭的に不幸」そうではない。それでもこのような作品が生まれた。


明治の日本でも成功を博したという『人形の家』(これは妻がぜひ読めといったジョン・スチュワート・ミルの女性の地位擁護に得たヒントから生まれたという)も、当時はスキャンダルとなった。

しかも、ドイツやイギリスのプロテスタント国で上映禁止になったり結末を書き換えるように言われたりの圧力を受けたのだ。


ところが、カトリック国では何の問題にもなっていない。1894年のパリでの初演は大成功で、ノラ役の女優レジャーヌはイプセンから「私の夢が実現した。レジャーヌはパリでノラを創造した」という電報を受け取った。

巷のイメージからいうとカトリックの方が離婚不可能で女性は聖職者にもなれないで抑圧されている、と思われるかもしれないが、『人形の家』で最もスキャンダルになったのはノラが3人の子供を置いて家を出ていくという場面だった。

牧師の妻帯が許されていて模範的な「牧師の家庭」の模範的な子育てモラルが規範になっているプロテスタント文化においての方が、この「結末」が「不都合」だったのだ。


カトリック文化では、子供を乳母に育てさせたりすることがごく普通だった。

宗教上の建前と実際の生き方が乖離しているのはどこの社会でもあることだろうが、一般にピューリタン社会の方がそれに罪悪感を持つ。もともと、カトリックのモラルが崩壊して堕落しているということを糾弾して分かれたのがプロテスタントだから当然だと言える。

この「宗教改革」に驚いたカトリック教会は自分たちも遅ればせながら「改革」に着手するのだけれど、すでに「旧社会」の実情は、本音と建前が乖離していてもそれが何か ?というユルイものだった。

イギリス王は離婚が認められないからと言ってローマ教会から離脱したけれど、フランス王はどんなに愛人を作っても、年に一度告解することでチャラにするなどいろいろなレトリックを使って教会を活用し続けた。


とはいえ、19世紀はヨーロッパのブルジョワ世界での女性の拘束が強まった時代でもある。


ノルウェー人であるイプセン夫婦がヨーロッパの各地で暮らし(息子もイタリア生まれ)、名声を得た後で故郷に戻るというシチュエーション自体は、この『わたしたち死んだものが目覚めたら』の夫婦に似ている。


主人公であるルベックの最高作品が最初の意図からさまざまに姿を変えていったことは、イプセンの作品群の歴史の何かを反映しているのだろうか。


今回、めったに上演されない作品をこうしてパリで観ることができたおかげでいろいろなことを考えさせられた。

c0175451_20480216.png
カーテンコールから。妻のマイア役とあの世から来たイレーヌ役がにこやかに手をつないでいる。


[PR]
by mariastella | 2018-07-10 00:05 | 演劇
<< 西日本豪雨と死刑執行と革命記念日 フレデリック・グロとユゴーとバ... >>



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
以前の記事
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
カテゴリ
検索
タグ
最新の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧