「ヒロシマ」と出会った日。『祈り(原子雲)』これを書いているのは8/7。 8/6の広島原爆忌から8/15の終戦記念日まで、日本のネットニュースをながめると、「戦争」の記憶と「平和」への言葉をいろいろ読むことができる。 普段から愛読しているブログ「ヒロシマの心を世界に」で読む被爆者の体験記はおそろしい。 飛行機が横切るのを見たけれど、早朝に偵察機が通過した後に空襲警報は解除されていた、誰も警戒していなかったという静けさが、怖い。 『はだしのゲン』アニメのこのシーン( 28:50あたりから)は印象的だ。 私が最初に広島へ行ったのは10歳の夏で、平和記念資料館の写真にはもちろん衝撃を受けた。今のようにショッキングな映像があちこちに流れているような時代ではなかったから、はじめて「暴力と死」をビジュアルとして突きつけられた。 次はそれから20年近くたってフランス人を連れて行った。「ヒロシマ」はフランスの68年世代にとっても「反戦」の原風景として刻まれていたからだ。 その後、「ノストラダムス」の大予言で世界の終わりかと言われていた20世紀の最後の年の夏にも広島を訪れる機会があったけれど、その時は、「原爆」は私の中で抽象的なものになっていた。 私が本当に、「ヒロシマ」と出会ったのは、2007年の秋、パリの日本文化会館だ。それから、「ヒロシマ」は私の中にずっと、ある。 この話は別のところで書いたのだけれど、このブログで検索しても見当たらないので、今、もう一度書いてみる。 2007年に、パリ文化会館で、金剛流能楽師、宇高通成主宰の宇高会が、11月6日(火)から9日(金)まで公演した時、最終日の新作能『祈り』(原題:原子雲)のバックコーラスとして参加することになった。 『原子雲』はすでに東京の国立能楽堂に招待していただいて観ていた。その時に被爆者の「霊」がそこにいる、というコメントがあったのを覚えている。 その新作能をフランス(その後はドイツ)で上演するにあたって、コーラスの部分を現地語に翻訳して歌ってもらいたい、と言われて、「いいですよ、参加します」と答えたのだけれど、いつの間にか、私が男5人と女5人の歌い手を調達するような話になってしまった。もちろんボランティアでなくてはならない。 女性は比較的簡単に集まった。パリの合唱団に所属する人や、日本人会でシャンソン教室を開いている人など、普段から接触のある日本人女性がすぐに引き受けてくれた。 困ったのは男性だった。 本番は夜8時からだったけれど、11/5の平日の午後に、リハーサルをしなくてはならない。平日の午後に休みを取ってもらえるような男性は少ない。 11/5は幸い、万聖節の休みの終わりの方だったので、「学校の先生」なら可能だった。 トリオのメンバーのギタリストHはすぐOKしてくれた。彼は音楽教師であり、自分でも中学生のために音楽劇を主宰したりしている。 もう一人、過去によく一緒に公演したギタリストのシャルルも快諾してくれた。彼も音楽学校の教師のほか、合唱指導もしている。 カルテット仲間のヴァイオリニストのジャンも快諾してくれた。彼はリタイアした元パリ市職員だが、アマチュア・オペラでも歌っているバスの歌い手でもある。彼が一番、時間に余裕があるので、『原子雲』のビデオ、楽譜をかなり前から研究して準備万端だった。 後は、やはり知り合いのカトリック学校で合唱団に入っている先生を介して、その学校の生徒の父親で合唱団のメンバーである教師などが加わった。 イントロに日本語での短い歌を歌うほかに、能の中でのコーラスは、原爆で見失った子供を探しに来た母親の嘆きの後ろで、「おかあさーん、おかあさーん」「水ー、みずー」「熱ーい、あつーい」「助けてー、たすけてー」などと短いフレーズの唱和を繰り返すものだ。最後は「私たちのために祈って」としめくくられる。これらをフランス語で歌うのだ。 リハーサルの日の午後、日本から来て合唱指揮をしてくれる合唱指導の女性が、私たち10人の立ち位置や、タイミングや、強弱などのニュアンスなどを教えてくれた。 フランス人男性5人のための通訳は私だけれど、みんなストーリーは把握しているし、経験も豊富だし、やる気も満々だし、日本文化会館という場所にも興味津々だし、何よりも、指導の女性が歌って見せるだけですぐに通じるので、スムーズに進んだ。バスのジャンが朗々と歌ってくれたので大船に乗った気にもなった。 で、一通りの練習が終わり、指揮の女性がこの能の作者でシテでもある宇高通成さんを客席に呼んだ。客席からどんな感じで聞こえるかを確認してもらうためだ。 宇高さんの前だということで、私たちは少し緊張して、その前の合わせで指示されたことを忠実に再現して歌った。悪くなかったと思う。 合唱指揮者が宇高さんの方を振り向いて、「いかがですか」と聞いた。 すると、宇高さんは、何も言わずに、私たちの方に歩いてきて、舞台に上がり、話し始めた。 「私はこの能を上演するにあたって、最初に朗読してくれる女優さんと一緒に広島の平和記念公園にお参りに行くことにしました。原爆死没者慰霊碑の前に二人で立ちました。」 「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」という有名な碑文が刻まれた御影石のアーチが目に浮かぶ。その向こうには原爆ドームが見える場所だ。 宇高さんは、この能を犠牲者の霊に捧げ、公演の成功を祈って、目を閉自、深く頭を下げて黙祷した。 そのことをジェスチャー入りで話してくれた。 私が少しずつ通訳するのを待ちながら、ゆっくりと。 「ところが、です」 宇高さんは、はっと顔をあげる。 「目を開けた私の前に、慰霊碑の向こうに広がっていたのは…」 「…」 「火の海でした。」 「…」 「戦争は、」 「…」 「終わってなんかいなかったのです」 私たちは息をのんだ。 「では、もう一度、どうぞ」 と言って、宇高さんは客席に戻った。 その後でまた私たちは、「おかあさーん、おかあさーん」「水ー、みずー」「熱ーい、あつーい」「助けてー、たすけてー」と歌い、「私たちのために祈って」と繰り返した。 自分たちが何をどう歌っていたのかもう分からなかった。 私たちは火の海の中にいた。 終わると、宇高さんは「はい、非常にけっこうです」と一礼された。 「ヒロシマ」の「火」は、その時以来、私の中で消えることはない。
by mariastella
| 2018-08-16 00:05
| スピリチュアル
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