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L'art de croire             竹下節子ブログ

ブルゴーニュ その9 閑話挿入 自戒を込めて

前回までのオセールの記事だけれど、このAuxerreはヨンヌ県の県庁所在地でサッカークラブもある有名な都市なのだけれど、ブルゴーニュ以外に住む人々の多くからは「オクセール」と発音されることが少なくないようだ。

母音に挟まれたxはもともとksでなくssと発音されていたらしい。

今は、ksと発音されるものだけにこの綴りが残っている。たとえばaxe(軸)はアクス。

Luxembourgはリュクサンブールだ。

でもオクセールはこの綴りのままssが残った。

同じもので多くのフランス人が間違うものにベルギーの首都Bruxellesがある。

フラマン語ではブリュッセル、英語ではブラッセルで、フランス語のこの綴りでも読み方はブリュッセルなのだけれど、フランス人は平気でブリュクセルと言っている。フランス語読み(ロンドンをロンドルというように)だと言えばそれまでだけど、ベルギーのフランス語ではssの発音なのだ。


実は私は前にミスをしたことがある。ユリイカのエリック・サティの特集でパリのサン・ジェルマン・ロセロワ教会のことをロクセロワと書いてしまった。その時は、オセールの司教のことを考えずに単に資料を読んで普通のフランス語読みでカタカナに変換したのだ。

今回のオセール滞在ではサン・ジェルマンが身近だったから、ふとチェックしたら、間違いに気づいた。

思いついて日本語のネットで検索したら、二種類の記述があるにはあるが、ほとんどは正しかった。

ところが、鹿島茂さんが監修翻訳の『パリ歴史事典』という本の読者コメントに、細かいエラーが指摘されていて、それに続いて

「集英社の広報誌『青春と読書』の11月号を見ていたら、鹿島先生、75-76頁で、サン・ジェルマン・ロセロワって書いてあるのに、びっくり。これは、サン・ジェルマン・ロクセロワでしょう。」とあり、単行本化の時には直しておいてもらいたい、とまであった。

すごく複雑な気分だ。

フランス語を読める読者からのコメントのようで、その方も後で気づいたかもしれないけれど、正しいことを書いているのにわざわざエラーだとネットで指摘されることもあるのだ。


私も、以前、自著に書いてもいないことを、別の方の本の中で、書いているかのように引用された上で批判されて戸惑ったことがある。しかも同じ出版社からの本だった。

今はいわゆるエゴサーチは一切していないから、どこかでだれかに誤解されていても気にもならないけれど、こんなに自信たっぷりに間違えて「ミスを指摘」する人もいるのだなあ。


そんなことを思っていた矢先に、ある記事に出会った。


ネットで見る日本の雑誌に、内x樹さんの時事問答があって、そこに内x樹さんが夏の初めにパリに来てサッカーのワールドカップの日本・ベルギー戦を見たことが書いてあった。

その記述に驚いた。

「生まれてはじめてパブリック・ビューイングで試合を見ました。フランスではW杯の試合は普通の地上波では放送していないので、近所の人たちが試合時間になると有線テレビのあるカフェに集まってきます。」

カフェに集まってみるのはみんなでわいわい盛り上がりたいからだけで、当然ながら、観たければ普通のテレビでもスマホでも見ることができる。

別に全体の趣旨には関係がないので、どうでもいいことなのだけれど、どうでもいいことをわざわざ書いてそれが間違っているというのは、藪蛇というか、誤った雑学の提供だなあと思う。

しかも、ただの観光客のブログなどではなくて、フランス文学の専門家で雑誌の連載記事だ。

事実関係の校閲とか入らないのだろうか。

私もいろいろなエラーを重ねてきた。誤変換やタイピングの単純ミスから、思い込み、思い違い、記憶違い、裏を取るのを怠った(内xさんの場合はこれだろう)など、いろいろなケースがある。

校閲さんにもずいぶん助けられた。

でも、このエラーはたんにトリビア情報を付け加えたのが間違いだった、というにしては、普通の日本人だって、時差も少ないフランスで、優勝候補チームが注目されているというのに、地上波テレビでワールドカップが見られないなんて「そんなはずはないだろう」と思うのではないだろうか。

いや、内x先生が言うのだから、へーっ、フランスってそうなんだ、と思うかもしれない。

この記事にはその他、彼が今回フランスで体験したことから、フランスって冷たい、

>>フランスって「そういう国」だったということをその時に思い出した<<


とか書いてあって違和感があった。

「ああいう人たち」とか「こんな人たち」みたいなのを連想してしまう。

いや、フランスを弁護しようなどと思っていない。

フランスに住んでいる日本人同士で「こういう国だもんね」とあきらめながら言うことなどいくらだってある。でもそこには、それぞれのシチュエーションの多様性について暗黙の合意がある。

たまたま遭遇した自分の個人的な体験を基にして手軽な一般化をするのとは違う。


なぜしつこく書くかというと、今こうやってブルゴーニュで見たことの覚え書きを綴りながら、私の見聞きしたものも「たまたま遭遇したもの」にすぎないのに、「ブルゴーニュのここってこんな感じなんですよ」と披露するトーンに流されている気がしないでもないからだ。今回かなりたくさんの資料を持って帰ってきたけれど、それらはまだ読んでいない。だからここに書いているのはこの年のこの季節に受けた第一印象以上のものではない。

ブルゴーニュのカトリック教会、歴代のフランス王やブルゴーニュ公との関係、修道会同士の軋轢は複雑だし、建築も、古代のもの、ロマネスク、ゴシック、が錯綜し、宗教戦争、フランス革命の嵐が通り過ぎた。表面をなぞって解説できるようなものではない。


ただ、それら長い歴史が層をなしているのは、どこの「歴史的建造物」でも同じだろうけど、現地に行ってその複雑さを再認し、それを貫く何かがあるのかを問うきっかけになることは悪くない。


(続く)


by mariastella | 2018-09-02 00:05 | 雑感
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/

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