L'art de croire             竹下節子ブログ

ブルゴーニュ  その10 ヴェズレー

さて、いよいよ、目的地のヴェズレー、マリー=マドレーヌ・バジリカ聖堂へ。

どうしてまたヴェズレーへ行ってみたくなったのかというと、つい最近マグダラのマリアについての記事を雑誌に書いたからだ。

説明代わりにそこから少し引用しよう。


>>> フランスの「マドレーヌ」という名前はマリー(聖母マリア)やアンヌ(聖母の母アンナ)と並んで愛されたシンボリックなものだ。ネオクラシックの柱列で有名なパリのマドレーヌ寺院も、カトリック教会を排除しようとしたフランス革命をはさみながら立派に完成した。マドレーヌというファーストネーム(一般に洗礼名と同じ)を持つ女性も多い。マドレーヌさんのレシピである焼き菓子のマドレーヌは、プルーストの『失われた時を求めて』で少年時代の記憶を喚起する香りと共に日本でもよく知られている。そのマドレーヌという名前はマグダラのマリアのフランス読みであるマリー=マドレーヌに由来する。

 イエスの受難と復活に立ち会った後、教会の公的な歴史から姿を消したかに見えるマグダラのマリアにまつわる数々の逸話と崇敬は、マグダラのマリアの終焉の地とされるフランスで誕生した。九世紀ごろから出回った「聖人伝」によると、マグダラのマリアはマルトやラザロらと共に、南フランスの海岸に漂着した。マルトはタラスコンに行って怪物(タラスク)を退治したという伝説を残し、マリアは、贖罪のために裸でサント・ボームの洞窟で暮らし、三二年間、水も食物も口にせず、日に七度、天使によって天に上げられ音楽を聴いたとされる。歴史上の重要な人物が姿を消した後、実は遠くの国に漂着して長い余生を送ったという「貴種流離譚」は世界各地にあるので、その一つということだろう。
 ヨーロッパの歴史の中で力をつけていった頃のフランスは王権神授説も唱えたし、十字軍も組織して「お宝」をたくさん持ち帰った。しかし、強引にフランスに持ち帰ったお宝よりも、生身のマグダラのマリアが自分から南仏プロヴァンスに来て生を終えたという方がインパクトははるかに大きい。この伝説があるからこそ、ダヴィンチ・コードで有名になったような、マグダラのマリアが実はイエスの子供を宿していて共にフランスに来てフランス王家の先祖となったなどというたぐいの「とんでも」裏歴史も形成されるのだ。

一二六五年にはブルゴーニュ公国がヴェズレーの女子ベネディクト会修道院にマリアの「聖遺骨」を招致し、フランス王や教皇庁大使により公認された。マグダラのマリアの崇敬は最高潮となり、クリュニー修道会の支援もあってヴェズレーからスペインのサンチアゴ・デ・コンポステラまでの巡礼ルートは中世ヨーロッパの「巡礼経済」の根幹となった。ところが一二七九年に、プロヴァンスのサン・マクシマンの古墓所からローマ時代の骨が見つかり、プロヴァンス伯はそれがマグダラのマリアのものであると主張した(バジリカ聖堂地下に祀られている頭蓋骨や髪の毛などは何度も調査の対象になり、一四八センチくらいの地中海タイプの五〇歳位の女性のらしいと言われている)。

以来、ブルゴーニュ公とフランシスコ会(ベネディクト会の後を継いだ)に管理されたヴェズレーと、ナポリ王でもあるプロヴァンス伯とドミニコ会によって管理されるサント・ボーム近くのバジリカ聖堂は、政治と修道会を巻き込むライバル関係となった。

月日は流れたが、現在の二つのバジリカ聖堂には今も多くの巡礼者が訪れる。
 

二〇一六年の六月にローマの教皇庁はマグダラのマリアを使徒と同格にして毎年の七月二二日の祝日を全教会に義務付けた。翌年の四旬節の黙想でフランシスコ教皇はマグダラのマリアが「新しい、最も大きな希望の使徒となった」と表現した。復活のイエスに最初に出会って、弟子たちに復活と昇天を伝えるようにと告げられた(ヨハネによる福音書20, 17)のだから、「福音」の第一宣教者としてふさわしい。<<<

以上が引用部分。


プロヴァンスの「聖遺物」の方が完全な形でインパクトがあって、「本物」認定されてから、ヴェズレーは勢いを失った。サンチアゴ・デ・コンポステラに向かう巡礼の出発点の一つとしては今でも現役だけれど、どうもここにある「聖遺物」の骨は、最初から量の少ない骨片だったようだ。


量があればご利益が増す、それを支えるストーリーが充実していれば奇跡が頻発するというのはどこでも同じだ。『キリスト教の謎』(中央公論新社)で紹介したケルン大聖堂の一万一千人の処女殉教者の遺骨だとか、東方の三博士(三賢王)の遺骨と同じだ。(2016年に東京カテドラルにも分けられたけれど、量とストーリーが欠如しているので奇跡を期待する人はほとんどいないかもしれない)

けれども、ヴェズレーの魅力は、なんといってもその立地にある。

強い傾斜の尾根の上をバジリカ聖堂に向かってさらに上っていく道には僅か200軒ほどの集落。その形が「サソリ」と形容されてきた。

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石上純也さんが、ヨーロッパの教会は、街並みが環境で教会だけが独立した建物のようだ、と言っていたのを思い出す。
それに比べると東京の街は、個々の建物が主体になっていて、それが環境にもなっていて両立していて境目がない、というような話だった。悪く言えば東京は統一が取れていなくてばらばらの気がするが、石上さんはそれをおもしろいと感じている。
ヴェズレーでは、バジリカ聖堂だけが「建物」で、街並みはその環境で、またその全体が、サソリのような有機物として、ブルゴーニュの緑の環境に包まれている。

この地を熱愛して居を定めた文学者や音楽家は少なくない。

ロマン・ロランも住んだし、ジュール・ロワは『ヴェズレー、狂おしい愛』という本を残したし、バジリカ聖堂の裏の墓地に埋葬されたジョルジュ・バタイユは《Le Coupable》の中で詩的な描写を残している。

アラゴンは「ヴェズレー、ヴェズレー、ヴェズレー」と三度繰り返し、これがフランス語で最も美しいアレクサンドランの一つだと言った。

ロストロポーヴィチはこの聖堂でバッハの無伴奏チェロ組曲の全曲を録音した。

フレンチ・ポップスの巨人セルジュ・ゲンスブールも晩年をここで過ごした。


聖堂に向かってはるか上っていくという景勝の立地としては、フランスなら、モン・サン・ミッシェルとか、ヴェズレーと同じくサン・ジャック・ド・コンポステラの巡礼路の出発点であるロカマドゥールがある。


けれども、どちらも、一大観光地でもあり、観光客の方が巡礼者よりも多いし、観光産業、観光経済が支配している。だから、内省する人が、ここに住みたい、とインスパイアされるような空気はない。

ヴェズレーにはそれがある。 


それしかない、くらいだ。


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by mariastella | 2018-09-03 00:05 | フランス
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