午後9時。 麓のホテルから急な坂道を上ってバジリカ聖堂へ。
歩くのがつらそうな高齢のカップルらがゆっくりと聖堂をめざしている。
住んでいる人以外には、車はまず使えない。
コンサートのタイトルは「ピレネーの平和」。
なぜこのタイトルかというと、1635年から続いたフランスとスペインの争いが、1659年にようやくピレネー平和条約として終結し、翌年のルイ14世のスペイン王女との結婚式の祝宴音楽を担当したのがフランチェスコ・カヴァッリだったからだ。これによって、ブルボン家はスペインにおけるハプスブルク家のヘゲモニーを奪い、後に、ルイ14世の孫がスペイン王となってブルボンの家系が今でも続いている。
カヴァッリ(1602-1676)は、モンテヴェルディと共にバロックオペラの先駆者として知られているけれど、ヴェネツィアの聖マルコ大聖堂のオルガニストで音楽監督を長く務めた。
その時代、音楽は政治と宗教の「力」を演出するものだった。
そういう背景、システムを変えることなくオリジナリティを発揮できた数少ない作曲家たちがいる。
ヴェズレーでの演目は、原題は、
Musiche sacre concernenti messa, e salmi concertaticon istromenti, imni, antifone et sonate (1656)
で、キリエやグローリアなどだけではなく、オルガンの独奏やオルガンだけの伴奏での歌手のデュオや詩編などの組み合わせでなかなか劇的に展開する。
ソリスト8人、合唱8人、ヴァイオリン2、チェロ1、オルガンの編成で、管楽器は自由に付け加える形式だったらしいが、ここではコルネットが2人、「神の楽器」トロンボーンが3人で、迫力がある。
だから突然オルガニストだけの伴奏に移る時も効果的だ。
アンサンブルはバンジャマン・シェニエ指揮の「ガリレイ・コンソート」。
ガリレイとはガリレオ・ガリレイの父であるユマニストにちなんだ名。
全員が立ったままで演奏していた。
バンジャマン・シェニエは、今回のコンサートを「熱、バジリカ、音楽」という三つの言葉で表現し、ヴェズレーが音楽にたとえるとどんな音楽か?という質問に「15世紀のポリフォニーの美しいミサ曲」と答えている。
イタリアの17世紀音楽にほれ込んでいるけれど、ヴェズレーに来れば時間が遡るらしい。
私にはこの曲を聴くのは初めてだったけれど、いろいろなパートのコントラストが見事で、その知的な構成はフランス・バロックの萌芽につながる。フランス・バロックで、オペラ曲もモテットも体の動きを内包していたように、カヴァッリも、世俗音楽と教会音楽を本質的なところで区別していない。
バンジャマン・シェニエもフランス・バロックを熟知している人だから、ポイントを外さない。
ビブラートをふんだんにきかせていたというロストロポーヴィチのバッハのコンサートでなくてよかった。
では、「神」はどこに ? と言われても困るけれど、いつもながらこういう聖堂のコンサートでオルガンの鳴るところは巨大な船に乗っている気がする。
船がどこに行きつくのかは、分からない。
船を出ると、明るい月が上っていた。