人気ブログランキング | 話題のタグを見る

L'art de croire             竹下節子ブログ

ジャコメッティのアトリエとジャン・ジュネ

ジャコメッティの最後のアトリエは、私が2005年頃からダンスの研修やクラスに通っていた14区の通りにあった。

そのアトリエの壁に至るまで夫人が大切に保存していたものが、40年後の今年、ラスパーユ近くの瀟洒なアールデコのホテル・パルティキュリエ(一戸建て邸宅)に再現されることになった。


公開されているが、入館チケットの販売はなく、すべてネットでの時間指定の予約のみ。最初の特別展は「ジャン・ジュネが見たジャコメッティのアトリエ」だ。(9/16で終了)

ジャコメッティのアトリエとジャン・ジュネ_c0175451_20513028.jpeg

前に書いたことがあるけれど、ジャコメッティのアトリエというのは私にとって「伝説」というか神話的な場所だ。

パリに住んで初期の頃にコレ―ジュ・ド・フランスで聴いていた講座にピエール・ブーレーズやイヴ・ボヌフォワのものがある。そして、ボヌフォワの語ったジャコメッティ論が私には強烈なインパクトだった。

ジャコメッティは「本物」、「生命」を表現しようとして工夫していたけれど、どんな肖像画や肖像彫刻を「本物」らしく制作していても、例えば、頭の丸みの中には「何もない」のは明らかだ。内臓や血管や血流も作れないし描けない。

で、ただのマチエールに過ぎない部分をどんどん削り取っていった。

それでも「本物」は現れず、彫像はどんどん細く、どんどん小さくなっていった。

ジャコメッティのアトリエとジャン・ジュネ_c0175451_21023973.jpeg
マッチ棒のようなものばかりになった時期がある。

それでもまだ命は宿らず、それを鑿の一撃で壊した。

その壊れる一瞬に、火花のように「本物」が現れたという。

いのちとは、形と形の消滅の境界線で輝くらしい。

その頃、もしアトリエが火事になったら、どの作品をもって逃げますか、と聞かれたジャコメッティは、迷わず「この猫」と、愛猫を指したそうだ。

猫は「命」を生きていたからだ。


やがて、すべてを極限に削っていった後に残るのは「視線」だと気づいた。

すべては「視線」を支え、「部分」やディティールの「本当らしさ」はどうでもよくなって、視線を支える「全体」が顕現するようになった。


ジャコメッティのアトリエとジャン・ジュネ_c0175451_21014253.jpeg


そういう話で、私にはジャコメッティのアトリエは神話の舞台のようで、広く深く薄暗い地下神殿みたいなイメージがなんとなくあった。

で、今回忠実に再現されたというアトリエはすごくコンパクトだった。

ジャコメッティのアトリエとジャン・ジュネ_c0175451_20523690.jpeg
ジャコメッティのアトリエとジャン・ジュネ_c0175451_20552311.jpeg
休むためのベッドもそのままだという。

ジャコメッティ自身がアトリエをデッサンしたものも展示されていて、なるほどまさにこんな感じだったのだなと分かる。

ジャコメッティのアトリエとジャン・ジュネ_c0175451_20595627.jpeg


ここで、彼は、作品に絶えず手を入れ続けた。練って、揉んで、削ってという動きをやめなかった。

ジャコメッティのアトリエとジャン・ジュネ_c0175451_20562110.jpeg
ジャコメッティのアトリエとジャン・ジュネ_c0175451_20535499.jpeg
ジャコメッティのアトリエとジャン・ジュネ_c0175451_20543951.jpeg
ジャコメッティのアトリエとジャン・ジュネ_c0175451_20573731.jpeg
ジャコメッティのアトリエとジャン・ジュネ_c0175451_20571460.jpeg
ジャコメッティのアトリエとジャン・ジュネ_c0175451_20565038.jpeg
そして、彼がある作品をいじりだすと、アトリエにあるすべての「未完成」作品が、脈打ち震えだすようだったというジュネの証言がある。クリエイトの波動がアトリエ内の彼の手による全てのオブジェに伝わっているらしい。

全時間と全空間を巻き込んでいかないような局所的クリエイトなどクリエイトではないのかもしれない。

「到達点に行き着くために探し続けている」のだけれど、「到達した作品は、失敗ということ」だ、と晩年にも言っている。探し続ける過程にのみ真実が宿るということだろう。そうなると、ボヌフォワが語った、全作品がミニチュア化していったスランプの時代と本質的に変わらない。この世における「完成」とはフェイクであり「失敗」なのだ。時間芸術である音楽とは違い「完成」した一点もののオリジナルが「作品」として残る

美術作品のジレンマだ。

だからジャコメッティの作品とは生命の希求、本物の探索をそのまま内包しているもので、それが、鑑賞者の生命哲学と呼応した時に新たに脈打ち始める。

 

ジャコメッティのアトリエとジャン・ジュネ_c0175451_20554722.jpeg

この犬の像は猫のものと同じく私の好きなものだけれど、アトリエにも置いてあった。

たとえば「犬の剥製」みたいなものと対極にある。

この、犬に向ける視線で何かが息を吹き返す。

ジャコメッティのアトリエとジャン・ジュネ_c0175451_21002653.jpeg

ジャン・ジュネの肖像画。

ジャコメッティのアトリエとジャン・ジュネ_c0175451_21010289.jpeg
ジャコメッティの右がジャン・ジュネ。

丸顔だ。全てをぎりぎりにそぎ落としていくタイプのジャコメッティのスタイルで残ったぎりぎりの「視線」以外の「温かさ」が感じられる。
一連の作品を昔観たことがある矢内原伊作の顔の方が「ジャコメッティ」向きかなあ。  

いや、ジャコメッティの顔の方が彼の作品に似ているかも。
ジャコメッティのアトリエとジャン・ジュネ_c0175451_21082530.jpeg
彼は自分もまた「生きている」ことを知っていたのだろう。

おまけ:
今回修復されたこの建物はアールデコの小住宅の傑作で、建築か装飾系の人が窓や壁や階段などを盛んに撮影していた。トイレもドアを開けてから三段くらいステップを降りてこんな感じの作りで驚いた。
ジャコメッティには、似合わない。


by mariastella | 2018-09-14 00:05 | アート
<< パリの石上純也展 ブルゴーニュ  その20 >>



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/

by mariastella
以前の記事
2024年 03月
2024年 02月
2024年 01月
2023年 12月
2023年 11月
2023年 10月
2023年 09月
2023年 08月
2023年 07月
2023年 06月
2023年 05月
2023年 04月
2023年 03月
2023年 02月
2023年 01月
2022年 12月
2022年 11月
2022年 10月
2022年 09月
2022年 08月
2022年 07月
2022年 06月
2022年 05月
2022年 04月
2022年 03月
2022年 02月
2022年 01月
2021年 12月
2021年 11月
2021年 10月
2021年 09月
2021年 08月
2021年 07月
2021年 06月
2021年 05月
2021年 04月
2021年 03月
2021年 02月
2021年 01月
2020年 12月
2020年 11月
2020年 10月
2020年 09月
2020年 08月
2020年 07月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 04月
2020年 03月
2020年 02月
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
カテゴリ
検索
タグ
最新の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧