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L'art de croire             竹下節子ブログ

ギュンター・アンダースとヒロシマとソンミ村

エノラ・ゲイに原爆投下OKの指示を出したパイロットと文通を重ね、1958年の京都から広島への平和行進にも参加したギュンター・アンダースのインタビュー本(これ)を読んで今まで見えてこなかったものが見えてきた。

彼は、音楽哲学と自然哲学をやっていたけれど、生涯に4度のショックを受けて、4度目に世界観が変わった。第1は第一次世界大戦。

2番目はヒトラーの登場、3番目はガス室のホロコーストを知った時、そして4番目がヒロシマへの原爆投下だったそうだ。

この原爆によって、「人類は自滅できる」ということを理解して、最も大切なのは正義だの同情だの理性だのではなく、ただひたすら、「想像力」だと思った。アポカリプス、人類の終わりはあり得る、という想像力だ。

で、そのような世界に生きるからには、それまでの2500年の哲学の成果などは意味がないと思った。

必要なのはこの世界をどう解釈するかという哲学ではなく、この世界をいかに持続させるかの方法だからだ。

核兵器がヒロシマとナガサキ以来使われていないでただの抑止力だというのも大いなる欺瞞だと彼は言う。

ベトナム戦争は日本への原爆投下なしにはあのような展開はされなかった。

つまり、非戦闘員の無差別殺大量殺戮というハードルが取り払われた、というより、その「モデル」が堂々と掲げられた事実だ。で、戦闘機に追われてナパーム弾に焼かれる少女たちが登場し、今度はそれを「自分の手でやってみたい」というモティヴェーションに駆られてウィリアム・カリー中尉に率いられる一隊がソンミ村のミーライ集落に登場した。

それはアメリカのDIY、「Do it yourself」精神なのだとアンダースは言う。

戦闘機が原爆やナパーム弾を投下して適地を「壊滅」させる映像をすでに焼きつけられているから、次にはそれを自分たちの手でやってみようというわけだ。

高校生の私は当時の多くの若者のようにベトナム戦争に関心を持っていた。

ナパーム弾に焼かれて逃げる少女たちの写真には衝撃を受けていた。

ヒロシマの原爆よりも大きな問題のように思えた。

ヒロシマは私の生まれる前の「過去」の話で、ベトナムの子供たちが殺されているのは、私が平和にのんびりと暮らしている同時刻の出来事なのだ。「関心を持たないこと」は即「加害者側に加担すること」のような気がしていた。「ヒロシマ」は、アンダースが指摘するように、「忘れ去られていた」のだ。

ソンミ村の虐殺事件が表沙汰になったことももちろんはっきり記憶している。

けれども、私の中では、空爆でナパーム弾に焼かれて逃げる子供の映像の方が、ソンミ村の虐殺よりもインパクトがあった。戦時における「虐殺」というのは「南京大虐殺」も含めて「想像可能な悪」だと思えたのだ。

でも、実は、ソンミ村の虐殺は違った。

核兵器が可能にした「全地域を壊滅させる」というパフォーマンスを自分たちの手でやってみたいというDIYの精神で、村に入って507人の村人を1人も残さないように殺しまくって焼き尽くした(生存者が奇跡的に3人いた)。

原爆がつくった光景を自分たちで再現できると思ったのだ。

原爆がなければ、ソンミ村の虐殺はなかった。

「核兵器でさえなければいい」という口実でナパーム弾のような恐ろしい兵器が「開発」されることもなかっただろう。

というのがアンダースの見解だ。

カリー中尉だけが軍事法廷で裁かれて1971年に一応は終身刑になったけれど3年後にもう仮釈放された。2009年にはじめて「謝罪」を口にしたそうだ。

アンダースは原子力発電所の核燃料と核弾頭との関係を最初に大声で訴えて原子力発電に異議を唱えた人でもある。

こういう人の存在があったから、ドイツが「フクシマ」以降に原発からの離脱を確定したのも偶然ではない。

最初の妻だったハンナ・アーレントもそうだが、アンダースは、戦争などの大きな流れの中で正義や人道に対する感覚を麻痺させた人たちが

「(その時の主流秩序にとっての)間違いは犯さずに、罪を犯す」

ことを明文化した。

彼はチェルノブイリ事故の数年後に90歳で亡くなったが、「フクシマ」のことは見ていない。

「ヒロシマ」をきっかけに「反核」を最も長く、熱心に、死ぬまで叫び続けた知識人だ。

彼がヒトラーを生んだドイツ、日本の同盟国だったドイツの出身だったのも興味深い。

最初はパリで暮らそうとしたが、失業者が増えていたフランスは外国人の就業を禁止し、結局アメリカに渡ったが、後にオーストリア人としてウィーンで死んでいる。


どんなに核廃絶を訴えても、大量破壊兵器や軍需産業、原発産業がエスカレートする中、絶望的な状況において希望を何に見いだすか、何を慰めとするか、どのように勇気を維持するか、と問われたアンダースは、こう答えた。


>>>勇気については分からない。私のアクションに勇気はほとんど必要ない。

慰めはまだ必要としていない。

希望? 原則としての希望のことは分からない。私の原則はこうだ。

我々が直面している恐ろしい状況に介入することで少しでも寄与することができるなら、たとえどんなにわずかでも、少しでもチャンスが残っているなら、それをすべきだということだ。<<<


アンダースは、美学や哲学に没頭していられた時代を懐かしみながらも、核のアポカリプスに対する警報を鳴らし続けることに後半生を捧げた。


世にはいたずらに恐怖を煽る終末論や陰謀論がはびこっている。

一方で、核兵器も核燃料も現実に増えるばかりでそれをコントロールする術もないことは事実なのにそれらは巧妙に隠され問題をすり替えられている。


私たちは、正しい想像力の使い方、正しい恐れ方、すべての人と環境を自ら破壊することのない道を識別する方法を常に学ばなければならない。


それにしても、潜在意識の中のDIY論、恐ろしい。


by mariastella | 2018-09-18 00:05 | 雑感
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/

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