『肉体の冠』(1952) ジャック・ベッケル『アフリカの女王』を新しい視点で観た次の日、なんだか同じ時代のフランス映画はどうだったのかと見たくなって、やはりTVで放映された『肉体の冠』を視聴した。 で、この記事を書くために日本語ネットで検索して『肉体の冠』という邦題に驚いた。 しかも当時のキャッチコピーが、 「非情な美しさ、悪魔的な冷酷さを豊満な肉体の底に秘した巴里女! 男たちをしたがえ、燃えるようなブロンドの髪を陽光に輝かせて行く」 というものだ。 「肉体の何とか・・」というのは「昭和」の映画によく使われた気がするけれど、タイトルもキャッチコピーもまったく内容とあっていない。 ラディゲの『肉体の悪魔』(クロード・オータン・ララ)がヒットした後だったからなのだろうか。 それでも、こちらも「身に潜む悪魔」と訳してもいいのだから、「肉体」はやはり昭和テイストなんだろう。 原題の「Casque d’or」は直訳すると「金兜」という感じで、肉体とは関係ない。ブロンドの前髪を高く結い上げた娼婦のニックネームだろう。 シモーヌ・シニョレの演じるマリーは、「悪魔的な冷酷さ」とは無縁でどこか無邪気だし、赤毛ならともかくブロンドが「燃えるような」というのもなんだか変な形容だ。 20世紀初めのベルエポックのパリのベルヴィルに実在したアメリ―・メリという娼婦にまつわる事件にインスパイアされた映画で、彼女のニックネームが「カスク・ドール」だった。バイセクシュアルで他の娼婦と同棲していたし、マンダという男は映画のようにギロチンにかけられず1902年にギアナの強制労働に送られ、彼女も1917年に結婚して堅気になっている。 その意味では、この映画は『アフリカの女王』と制作年も1950年代初頭でほぼ同じだし、1914年が舞台の『アフリカの女王』と物語の時代も重なっている。 アフリカの奥地とパリという違いがあるけれど、馬車が走っていたりするパリの方が「時代物」という感じがする。アフリカのジャングルの映像なら21世紀の今も同じイメージだからだ。特殊な場所だから、ある意味古くなっていない。 パリで女性が帽子を被っていないのは召使か娼婦だというのは少なくともブルジョワ地区では5月革命の前あたりまでそうだった。 宗教的なシーンとしては、教会から歌が聞こえてきて、「日曜じゃないのに」と覗いてみると結婚式だったという場面がある。その時に娼婦のマリーはショールを頭にかぶって髪と胸や腕を覆い、マンダの方はかぶっていた帽子を脱ぐ。カトリック教会の習慣があらゆる階層の人に共有されていたのが分かる。 ギロチン台に引きたてられていくマンダを無理やり支えて十字架を顔の前に近づける監獄付きの司祭もいる。 今と変わらないフランス的な場面は、マリーがギャングの親分の部屋でチーズを食べるところかもしれない。 「陽光輝く」というのは、パリから逃げて農場に実を隠す二人の牧歌的なシーンがあるからだ。 『アフリカの女王』はカラーだがこの映画はまだ白黒、というのは米仏の経済力の差だろう。 1871年のパリ・コミューンといつも結びつけられるLe Temps descerises(さくらんぼの実るころ)のメロディが何度も流れる。 これはイヴ・モンタンの歌。 この映画の撮影時にはシモーヌ・シニョレとイヴ・モンタンは結婚したばかりだった。 今思うと、ドイツ移民とイタリア移民出身のこの二人は、フランスを代表する文化人で知識人のカップルだった。 しかし、ドイツ系からかもしれないけれど、この映画のシモーヌ・シニョレはなんだかロミー・シュナイダーとそっくりだ。 相手役のセルジュ・レジアニはオマー・シャリフの若い時みたいだ。セルジュ・レジアニはイヴ・モンタンとほぼ同じ年で、やはりイタリア移民出身。 こう見てくると、日本人的感覚では「フランス人って何?」となりかねない。でも、フランス人の「混ざり具合」というのは、移民国家アメリカと変わらないと思えば不思議ではない。 純粋に映画としてみれば、視線の使い方がうまいのが目立つ。 ダンスのシーンも。 ラストの螺旋階段も。 拳銃を連射するマンダも、手元はまったく映さないので、撃ったのか撃たれたのか分からないくらいの怖さだ。 最初にマンダがマリーとワルツを踊る時に、まったく左腕を使わないでだらりと垂らしたままなのが印象的だった。ギャングたちのキャラが豊かなのもおもしろい。 でも、単純に比べると、『アフリカの女王』と『肉体の冠』というほぼ同時代を舞台にしてほぼ同時代に制作された二つの映画の最も大きな違いは、やはり、ハリウッド映画のハッピーエンドとシビアな終わり方のフランス映画、ということになるのだろう。
by mariastella
| 2018-09-21 00:05
| フランス
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