ヴィム・ヴェンダース『フランシスコ教皇Pope Francis - A Man of His Word』先日、今年のカンヌ映画祭で上映されたヴィム・ヴェンダース監督のドキュメンタリー映画『フランシスコ教皇PopeFrancis - A Man of His Word』を観た。 クローズアップのインタビューが主ということでそんなに期待していなかったのだけれど、映画館を出るときには、キリスト教徒に、ではなく、環境保護者になっていた。 ゴミの山やプラスティック廃棄物、また廃品回収のスラム街などの圧倒的な描写を映すドキュメンタリーは他にもあるだろうけれど、それにかぶせて「母なる地球を殺した」と何度も言われると罪悪感と絶望感にとらわれる。それでも、「キリスト教では、未来はひとつの名前を持っています。それは『希望』です」と言われると、「希望を持ってもいいの?」と謙虚な気分にもなる。 ヴェンダースにドキュメンタリー映画の白紙依頼が来たのはフランシスコ教皇が選出された2013年の末だそうだ。ヴァティカンとしての公式の依頼ではなくましてや広報映画ではない。 ヴェンダースはカトリックですらない。 で、「どうして私が?」と聞くと、「『ベルリン・天使の詩』です」というのが答えだったそうだ。 映像の美しさなのかとも思ったけれど、天使が単にメッセンジャーとして傍観するのではなく、世界に飛び込んで変革する意志のところなのだろう。 ヴェンダースにとってその映画は宗教映画ではないけれど霊的な映画であることは間違いない。 彼は「多くの面で宗教は信仰の敵になり得る」と思っていたが、この映画の責任を引き受けることは、結果的に自分の信仰告白になったとも語る。 それだけではなく、ヴェンダースは、「キリスト教と社会主義の両方の教養と感性を持っている人」として選ばれたという。すでにフランシスコ教皇の「社会主義的感性」が明らかになっていたからだろう。 ヴェンダースはデュッセルドルフのマジョリティであるカトリック家庭の生まれで、16歳の時には司祭になろうと思っていたそうだ。 その後、ロック・ミュージックやフランスの68年5月革命の影響を受けて社会主義を信奉する学生となり教会を離れた。ドイツは税金の申告に所属宗教を書かせて「献金」を代理徴収する国だから、教会を離れるというのは足が遠のくというのでなく、はっきりとカトリックから離脱したということだ。 1970年代には精神分析を続けて受けて、仏教に興味を持った。この辺も、この世代のヨーロッパのインテリ左翼の王道でもあるが、「無神論者」にまではなれなかったのは、精神分析を必要としたことからも分かる。その後で父と兄を亡くしたことからまたキリスト教に接近してプロテスタントの信者となった。「死」への通過儀礼における宗教共同体の重要さが分かったのかもしれない。 ヴェンダースが影響を受けたのはオーストリア出身のユダヤ系哲学者マルティン・ブーバーで、「対話の哲学」などの痕跡が彼の映画に感じられる。 カトリックではアメリカのフランチェスコ会士であるリチャード・ロアを愛読しているという。 リチャード・ロアは多作で宗旨を超えた人気作家だけれどなぜかフランス語にはほとんど訳されていない。発想は自由で、「神」を頂点に据えて被造物の傍観者のような図式を作ったのはアリストテレス哲学の影響で、それが神と人間の交わりを阻害してきた。神とはそれ自体が三位一体という関係性であって、創造と恵みと愛は絶えることのない奔流のようなものだという。 ということで、ヴィム・ヴェンダースは、聖フランチェスコの名をはじめて選んだローマ教皇の勇気に感心した。さらに、フランシスコ教皇がアッシジのフランチェスコの精神を忠実に生きていることに驚き、共感して、それをこの映画ですなおに表現した。カトリックの御用映画だと思われないように中立性を求めて距離を置くとか批判的な目を向けるというようなことは一切していない。そもそも自分はカトリックの信徒ですらないのだから。 だから、この映画の中でフランシスコ教皇が、軍事・武器のビジネスを一切廃止せよとか、我々はモノやカネを蓄積するのでなくもっとシンプルに生きていけると言う時、全ての人の友愛や平等を説く時、かえってまっすぐにメッセージが飛び込む。 こういうことを民主主義の建前を掲げている全ての国のトップに立つ人々にぜひ繰り返し聞いてもらいたい。 今の風潮では、他の人が同じことを言っても、「現実を見ないお花畑」などと切り捨てられることが多い。 でも私たちにはいつも、アッシジのフランチェスコが必要だ。 そうしないと、本当に、 この世界から風にそよぐお花畑が消滅してしまう。
by mariastella
| 2018-09-30 01:20
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