L'art de croire             竹下節子ブログ

『新潮45』 の話

『新潮45』が休刊したという最近の日本のニュースを聞き、この雑誌に一度でも寄稿した人には様々な感慨があるだろうなと思わざるを得ない。


今回のスキャンダルで、会社と、編集者とライターとそのコンテンツについて、いろいろな言説が飛び交った。

そのおかげで、興味深い情報も得られた。ネット時代の賜物だ。

けれども、その「ネット時代」こそが、紙の雑誌や本を瀕死に陥らせているのだから、複雑でもある。

たとえば、最終号で問題になった差別的記事についても、雑誌を手に取っていなくても、ネット上のあちこちで何度も引用されていたのでそのひどさはよく分かる。

同じ号にはその他にLGBT当事者だという松浦大悟さんという方の記事もあったということも、内容を含めて知ることができた。

その記事の切り口は他のものとは別でなるほどという部分もあるのだけれど、またそれについて、別の当事者である永易至文さんという方が「ファクトチェック」という形でネット記事を書き、批判もしていて、またそれに対して松浦さんがtwitterで答える、という経緯までたどることができた。こういうものは役に立つ。


ヘイトスピーチに近いような記事については、「表現の自由」の問題もいろいろ語られている。

フランスではもっと複雑な差別がたくさんあるし、シャルリーエブド事件で盛り上がった「表現の自由」の擁護についても繰り返し議論がなされている。

たとえば、LGBTで言えば、最近、「パリ市は同性愛者に牛耳られている」というフレーズが取りざたされた。

で、それは「表現の自由」の範囲内なのだそうだ。それは単なる命題だから、真偽を判断することもできる、つまりファクトチェックも可能だ。

けれども「同性愛者は変態だ」と言うのは尊厳にかかわる差別や攻撃を広めたり煽動したりするものでアウト、「表現の自由」は認められない。 

こう言われると明快だなあと思うけれど、実際はグレーゾーンがあるのだろう。

XXという場所にはOO国のスリーパーセルがたくさんいる」というのはOKで、「XXOO人は反日でテロリスト予備軍だ」はだめだとか? などといろいろ考えてしまう。

それにしても、ネット上の言論、特に匿名で繰り広げられる言論のせいで、差別や侮蔑の表現のハードルが一気に下がり、それを規制したり咎めたりするシステムはうまく機能しない。

書かれたものが編集者や校閲者の手を経てから発表されるというのは大切だ。

それは紙の媒体だけではなく、ネットマガジンでも、そういう手続きがあればリスクは少ない。

私に関して言えば、ネットの媒体にも時々原稿を依頼されるけれど、紙の雑誌と同じようにチェックもされて校正もしてという流れなので違和感を持ったことがない。

『新潮45』にも何度か書いたけれど、いつも特定の編集者とのやりとりだった。その方の考えていることや求めているものも理解できたし、日本でのコンサートにも来ていただいた。ちょうど中瀬ゆかりさんが編集長の頃で、自由な雰囲気があったし、中瀬さんは軽い人という演出があったけれど一度お電話で話した時は、きっぱりした礼儀正しさに感心したのを覚えている。

2001年の911の後にイスラムの女性のことか何かについて書いたことがはじめだったかもしれない。

その後も、日本の少子化に対するフランスの出生率の高さについての分析についてや、日本の裁判員制度導入前にフランスの陪審員制度の実態についてなどの記事を書いたこともあった。書いていない時もいつもフランスにまで雑誌が送られてきたのでずっと愛読していた。

その後編集長が変わって、送本もなくなり、コンタクトもなくなったのだけれど、その頃から低迷と赤字が続いていたのだろうなあと思う。雰囲気が変わったことも気づいていた。

でも、今回、休刊のきっかけとなった特集記事について、執筆者の一人である藤岡信勝さんの手記読んだので、今でも編集者は懸命に執筆者をフォローしているのだなあ、と分かる。

雑誌に書くことも、本を出すことも、いつも、特定の編集者との共同作業で、その他に校閲さんをはじめとしていろいろな方のお世話になっている。だから、一つの雑誌の方向転換や、休刊などは、まるで知人の消息のような感慨があるのだ。


メディアも、音楽の配信も、写真も、情報の発信の形も受信の形も、ここ20年であっというまに変化した。

変わったのは手段だけなのか、それを支えるマインドも決定的に変わったのか、コスパと関係のない「志」とか「使命感」というものはまだ生きる場所があるのか、自問しながら、このブログをネットで、書き続けている。


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by mariastella | 2018-10-02 00:05 | 雑感
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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