『LBJ ケネディの意思を継いだ男』
結局、今回の機内で観た映画の内ではこの映画が一番面白かった。
私はケネディ大統領の暗殺やジョンソンの就任などを同時代的に見てきた世代なのに、確かにジョンソンは副大統領からそのまま大統領になったなあ、そしてベトナム戦争で泥沼にはまったなあ、などという印象しかなかった。公民権運動がどうして南部出身のジョンソン政権下で実を結んだのかを考えたことがなかった。
JFKがそれまであり得ないと言われていたカトリックの大統領だったことには注目して分析してきたけれど、北東部エスタブリッシュメントとのケネディが最初から一匹狼ではなく弟たちと共に強固なグループを形成していたのに対して、ジョンソンはそれこそ、「南部出身の大統領」なんてあり得ないと思われていた南部カーストだったのだ。
そして、リンカーンの奴隷制廃止以来、実に100年経っても、人種差別が堂々とあらゆるところで存在していたというアメリカの現実にも今さらながら驚かされる。
ケネディは人種差別撤廃をアメリカの理念、理想に従って掲げたけれど、ジョンソンは、何十年も使えてくれている黒人のメイドの生きる現実からその不公正を実感する。
南部の議員たちが、自分たちの守りたいのは人種差別などではなくて、伝統であり、伝統的な生き方の継承だ、ということの欺瞞はジョンソンには通用しない。伝統よりも大切な正義がある。伝統を持って正義とみなす考え方もあるけれど、『ワンダー』に有ったように、「正しいことをすることと人に親切にすることとのどちらかを選ぶ」なら「人に親切にすること」「思いやりを持つこと」の方を選ぶべきなのだ。
ジョンソンの車を先に南部に運転して行ってくれるメイドが黒人であるがために途中でレストランにも行けずホテルに泊まることもできない現実は許すことができない、とジョンソンは確信する。
ケネディ大統領の華麗なストーリーや悲劇は何度も取り上げられるけれど、ジョンソンのこの話と議員たちとの駆け引きを知ることで、アメリカの現実が実感を持って分かる。
ベトナム戦争はまた別の話だけれど。
そして、トランプ大統領。中間選挙のために南部の小都市を回って人々を夢中にさせる映像が流れる。
マイケル・ムーアが『華氏119』で言うように、アメリカは、世界は、常に理念だけでない本当のブレイク・スルーを必要としている。