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L'art de croire             竹下節子ブログ

カルロス・ゴーンとフランス

明治期以降、日本は、英国、ドイツ、アメリカと一番強そうな国と組んで生きてきた。この流れでは、次なる国が中国なのは論理的だ。

古くは隋や唐などから始まって、ポルトガル、スペイン、オランダ、英国、ドイツ、アメリカを経てまた中国へと一周するのだともいえる。


でもこの中で直接「日本に攻め入って破壊や殺戮をした」のが最後の「アメリカ」だった。

また、この中で直接、日本の方がその国に直接攻め入って破壊や殺戮をしたのが中国だということを思えば、歴史のテンションは決して同じではない。

これらの国に比べると、フランスは「別口」だ。

ナポレオンに魅せられた幕末がフランス軍を受け入れた経緯があり、その後の普仏戦争でドイツに乗り換えた。

また、フランスは普遍主義の理念下で人種差別を否定する可能性のあることで、やり方によっては外交の同志ともなれたはずだけれど、何しろ国王を殺した共和国だから、天皇制のモデルとしては立憲君主国のイギリスを選ぶ方が無難だった。

で、いつの間にか、フランスは実用性のない「お文化」の範疇に繰り込まれていた。

だから19年前にカルロス・ゴーンが日産再建に乗り込んできたときには、「アングロサクソンならがまんできるけれど、フランス人にだけは言われたくない」という声が企業人からあがったことを、今も覚えている。


その「フランス人」がみるみるうちに「実績を上げた」のだから、驚きだった。

でも、その頃から、フランスから見ていると、カルロスというファースト・ネームからしてもう「フランス」のエスタブリッシュメントぽくない感じで不思議だった。


両親ともにレバノン系のブラジル人という出自は、見た目もそうだが何もかも「おフランス」とかけ離れている。

彼を問題なくフランス人にしているのは、フランスの共和国主義とフランスのカトリック文化の二つだ。

先祖代々レバノンのマロン派キリスト教徒だった。5世紀ごろのアンチオキアで初期キリスト教を広めた聖マロンから続く由緒あるキリスト教コミュニティで、シリアにも広がる。ISなどイスラム原理主義によって21世紀に最も迫害された宗教共同体でもある。

ローマ・カトリック教会と同胞関係にあって、レバノンという国を作って大統領をマロン派から選ぶというシステムを創るのに参与したのもフランスだった。自国の政教分離の建前とはかけ離れている。

で、カトリック典礼ということで、マロン派の先祖がやはりカトリック国であるブラジルに移民したのは不思議ではない。そして、ブラジル生まれのゴーンも、レバノンでイエズス会系の教育機関に入った時点から、「カトリックのフランス」ネットワークにすんなり入ったわけだ。

で、高校を出てからパリのプレパ(グランゼコール予備クラス:公立のものからカトリック系のものに代わる)を経て、エリートのポリテクニックへ進学した。ポリテクは本来士官学校なので、士官にならない者は別のグランゼコールや国立の博士課程にさらに進むことになる。ゴーンもその口だった。

そして、いったんそういう共和国エリートコースに乗ると、出自も宗教も関係がない。

同じポリテクニック出身のドレフュスがユダヤ人であることでスパイの嫌疑を受けた時、フランスの共和国主義はこのエリートをはっきりと擁護する側に回った。

ゴーンはと言えば、その後ミシュランに入社し、アメリカやブラジルでコスト・カッターとして名をなした(この時代にレーシック手術で眼鏡を手離して猛禽類のような眼光が有名になったという)ものの、1991年にミシュランの共同経営者に創業者の子孫であるエドアール・ミシュランが迎えられた時、ミシュランを去ることを決心したという。ゴーンより10歳下であるエドアールは、アメリカのミシュランでゴーンの部下として働いていたのだ。エドアールは父親の6人の息子の中から選ばれた。長兄は司祭で、エドアールの豪勢な結婚式を司式している。エドアールは、カトリックとしても、やはり理系のグランゼコールをでていることからしても、ゴーンと並ぶが、やはりフランス本土のクレルモンフェランの「先祖代々」(母方の先祖にはクラリス会修道院創設者もいる)の「血筋」は「新自由主義の成果主義」よりも上に立つ。


これを見たゴーンは「村の司祭の方がローマで司教になるよりもいい(=鶏口となるも牛後となるなかれ)」と言ったそうだ。で、1996年、ヘッド・ハンターによってゴーンはルノーの上席副社長へと引き抜かれて転進した。それと同時に、フランスの国籍を取得している。 

3年後に日本にやって来た時には、レバノン・ブラジルの国籍と共に三重国籍だったわけだけれど、「フランス人」としてはまだ数年目だったのだ。

あの時に「フランス人にだけは言われたくない」などと言っていた日本の企業人、相手は、「おフランス」ではなく、生き馬の目も抜く新自由主義経済原理主義の過活動の怪物だったことが分かるのに、長くはかからなかったと思うが…。

古き良き「おフランス」のカトリックでエリートでもあるエドアール・ミシュランの方は、2006年に、なんと40代の若さで、ブルターニュの島で、「自由」という名の漁船に乗っていた時に遭難して死んだ。

父親はその数年後に88歳で亡くなり、今のミシュランの経営陣にミシュランの姓を持つものはいないようだ。

カルロス・ゴーンとエドアール・ミシュランがアメリカで共に働いた数年のことを想像すると、感慨深い。


by mariastella | 2018-11-21 03:46 | フランス
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