(これは前の記事の続きです。)
>>>依存状態に陥ったことで、ハンマーで打たれたように、「体」と再びコンタクトをとることになったという印象をうけます。
A.J. 再び体と向かい合うことは、残忍な形でやってきました。動物的な乱暴さでなく、現実の持つ暴力としてです。まるで無理やり壁に押し込められる感じでした。壁は暴力的です。避けることができないからです。雲の上を漂っていた時には、地上に戻るのは苦痛を伴います。
>>>そこから抜け出るためにあなたは回り道をしましたね。たった一人のレオナールという人物に依存することを避けるためにいろいろな人と関係を広げました。
A.J. それはほとんど、いや、まさに福音的な教えでした。ウェブ中毒の人、社会の落ちこぼれ、売春者などが私に自己愛を取り戻させてくれ、同時にある種の解脱に導いてくれたのです。何ということでしょう。彼らが、その「裁かない」ことによって私に平安を与えてくれたのです。といっても、私のとった道が絶対だとは言いません。その時に手に入るものによって救われたのです。でも私は普通なら考えられないような人々と場所によって助けを得たのです。
Sekko :A.J.はおそらくゲイのサイトで知り合ったレオナールという男に依存し支配されていることを自覚して、それによって、黙想修行などで達成したと思っていた悟りの境地や自分の障碍を克服して得た幸福が実は見かけだけだったということを知って苦しんだということだろうか。そこから解放されるためにはもはやきれいごとのポジティヴな生き方やら瞑想などには頼れずに、ウェブを通して「もっと小さな人々」と出会って救われたということなのだろうか。もっと知りたい。
(続く)