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L'art de croire             竹下節子ブログ

『急いでいる男』Un homme pressé エルヴェ・ミムラン監督、ファブリス・ルキーニ

この映画は、ファブリス・ルキーニの映画だから見てみた。

しかも、あの「立て板に水」の話の達人のルキーニが脳梗塞の後遺症で言語障害になってリハビリを受けるというシチュエーション。 プジョーのトップだったクリスティアン・ストレフの実話「私は急いでいる男だった」もとにしているものだ。



主人公アランはジュネーヴの車のサロンで何としてもスピーチしたいとリハビリに励むのだけれど、ジュネーヴのこういう国際サロンの様子を間接的に知っている私には、すごくリアルな情景に見えた。

そして、主人公がそのスピーチに一応成功するものの、そこでハッピーエンドとならずに冷酷に首をきられて一瞬に居場所がなくなるところなど、最近のルノー・日産のカルロス・ゴーンのことも連想してしまう。


たとえビジネス界の大物でも、国立の大学病院に緊急入院してしまえば、病室は立派なところでも、看護師やスピーチセラピストからは「患者」としてフラットに接されるという現実も、やはり先ごろ胃がんの手術で国立病院に入院して、看護師や看護助手の人出が足りないことを体験したベルナール・タピの証言を思い出す。(タピはこの体験から、若年失業者に単に失業保険を給付する代わりに看護助手のそのまた助手としてどんどん採用するシステムを創るべきだ、来年早々にスタートさせたい、と言っている。)

アランが突然陥った困難は、疎遠だった娘との仲を縮めてくれた。けれども、アランは、政治学院への入学試験の口頭試問に立ち会ってくれとはじめて娘に頼まれるのに、手帖をカフェに忘れて遅れてしまい、帰宅して娘からなじられるシーンは、それまでのいつも忙しく急いで家庭を顧みなかった男の過去への恨み、ルサンチマンなどがぶつけられ、涙なしには見ることができない。

で、その後がその全てを昇華してしまう「サンチアゴ・デ・コンポステラ」への二ヶ月かけた巡礼の旅で、すばらしい風景のロードムービーになっている。全然違うシチュエーションなのに「砂の器」を思い出してしまった。

結局は、自然の中に身を置いてこの世の忙しさや成果や成功と関係のない「霊的」な何かとつながることが救いやら癒しをもたらすことなのだとすなおに腑に落ちる展開になっている。

主人公のリハビリに忠実についてくる犬も感動的で、これを見ていると、「ああ、猫じゃなくて犬がいいなあ」と昔は「犬派」だった自分がよみがえる。「自分の犬」がそばにいてくれれば絶対に孤独でなくなる。

(でも、猫はどこの猫を見ても、「孤独」に耐える力をもらえる気がするからまあしょうがない。映画館から戻ってわいわいと迎えてくれたうちの猫たちを見て、「ごめんね」と思わず言ってしまった。)

ルキーニだけではなくて、スピーチセラピスト役のレイラ・ベクチもすごくいい。彼女は典型的なフランス生まれのアルジェリア移民二世の若手女優で、この映画の中でスピーチセラピストとして一流病院に勤務できているのは、生まれた時から母親が育児を拒否してすぐに「フランス人」の養父母に引き取られて育てられたという伏線がある。彼女は実の母親を探しだす手続きを開始したが連絡が取れない。こういう場合はたいていそうだけれど、ほんとうに見つけたいのは「実の親」ではなくて、「自分のアイデンティティ」なのだ。

この映画はとても気に入った。ビジネスの現場、サロン、病院、パリの町のあちこち、政治学院、養父母とアラブ系の娘の家庭、巡礼の道など、さまざまな世界が展開されて興味が尽きない。

「同世代もの」としても考えさせられるところが多く一級品だ。

でも、フランス語圏以外での上映はハードルが高いだろう。

主人公アランの記憶障碍をともなう言語障害というのが、語彙の混乱を伴うもので、たとえば「メルシー」を「シーメル」と言ったり、「おはよう」の代わりに「さよなら」と言ったりするのだけれど、他に子音を入れ替えるような微妙な間違いの連続で、それが笑いを誘うところでもあるのだけれど吹き替えや字幕は難しいだろう。フランス語が分かる外国人でも、私のように普段からアナグラムなどのフランス語の文字ゲーム好きの場合は別として、アランが何を言おうとしているのか把握するのはたやすくないと思う。

そしてこの映画の最後は、だいぶ「言葉」を取り戻したアランが、鉱業学院(アランは飛び級した後ここをトップで卒業したという設定だ。理科系の名門グランゼコールでカルロスゴーンもポリテクの後ここを出た)の見知らぬ女子学生から突然相談を持ち掛けられて、「ああ、いいですよ、話を聞きましょう」と答える一言でエンドマークとなる。

でも、彼は、「Je vous écoute.(聞きましょう)」 と言ったつもりで、「Je vous épouse.(結婚しましょう)」と言い間違えてしまうのだ。

その言い間違いがそのまま「オチ」になっている。




by mariastella | 2018-12-20 00:05 | 映画
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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