黄色いベスト運動と、富裕層のアクション
先週の週末のパリでの過激化したデモ隊(一部は純然たる破壊グループや盗賊だが)とポリスの衝突が「クリスマス商戦」と観光産業をだいなしにしたことでこの週末の緊張が高まるフランス。ショッピングに行かない人たちはamazonなどの通販に頼り、そのamazonはフランスに税金を払っていないという悪循環。
なぜ週末かと言うと、今回の抗議活動は、最低賃金レベルで働く人(フランスの半数近くだという。所得税を払っている人もそもそも半数以下だ)によるもので、終日は、働いて、夜にロータリーなどの封鎖場所に行き、週末に「マクロンやめろ」と訴えにパリにでる。 パリに出るのも金が要るわけで、車でロータリーを通過する人などが「黄色いベスト」の人々に現金をカンパする様子も報道される。燃費税引き上げは取り消されたものの、「最低賃金では暮らしが成り立たない、購買能力がない」という現実は変わらない。マクロンが富裕者財産税を廃止した恨みも新たに噴き上げる。実際は、富裕者の財産に税をかけるとフランスからヨーロッパやロシアや他の国に逃げられたり、他の国に会社を移したりなどの弊害が続いて、それならそれを軽くしてその分をフランス内の企業に投資してもらおうという理論だったが、それが実際にどう効果を上げているのかはまだ明らかにはなっていない。 それにしても先週末からの凱旋門での攻防などの映像や、テレビのスタジオに招かれた「黄色いベスト」の姿ず家庭でも何度も流されているわけで、小学生たちは「インディアンとカーボーイごっこ」の代わりに「警察と黄色いベストごっこ」をしているというニュースもあった。そして中学レベルでは、みんなが真剣に、黄色いベスト運動と暴力との関係についてなど話しあっているのだそうだ。で、リセはというと、フランスのリセは伝統的に、その後のストやデモなどの市民活動を学ぶ場所でもあるので、全国で200余りのリセにバリケードが築かれて封鎖されているという。 そんな中で、最低賃金ではない余裕のある中流の共稼ぎ家庭の女性と、メディアの人気パーソナリティである富裕層の意見が興味深かった。 女性は、50代初めでまだ子供二人が独立していない。これまでは、自分の気に入った仕事をしてきて、「生活のために働く」という意識はなく「やりがい」「自己実現」のために働いていると思っていた。けれども最近健康上の重大な問題が起きて、職を失いそうになっている。で、パニック。 夫の収入しかなくなれば、「自己実現」どころか、子供の教育費のことも心配になる。「生活のために働く」ことが必要になる。それまで、最低賃金で月末の収支に苦しんでいる人々のことを考えたことがなかったけれど自分も実は紙一重のところにいた。黄色いベスト運動に共感する。 富裕層は、シリル・アヌナ。1969年にチュニジアから移住したユダヤ人家庭出身で1974年にパリで生まれる。父は医師で母は高級ブティックを経営。で、本人も医師の道を目指すことを期待されていたが役者になる。歌手、俳優、コメディアン、シナリオ作家、テレビやラジオのアニメーター、パーソナリティとして有名で勢いもありとても人気のある人だ。 で、この人が、先週来、自分の番組に「黄色いベスト」運動の人たちを招いて話を聞いているうちに、具体的に何かをするべきだと思ったという。 私も、テレビのスタジオや首相官邸に招かれて苦境と怒りを訴える「黄色いベスト」を見るたびに、彼らの前にいるこの議員たちやテレビ局の人たちって、どんなに低姿勢でリスペクトを見せても、自分たちは最低賃金の10倍以上の給料をもらっているのだろうなー、などと思って違和感があった。テレビなら「黄色いベスト」の人たちに出演料をどれくらい払っているんだろうか、彼らはそれをどう分けるんだろうか、とか。 で、シリル・アヌナは、その昔やはりコメディアンのコリューシュが始めて今も続いている「心のレストラン」運動のように、富裕な人が現金を持ち寄って、月末に使える金がない、子供たちにも我慢させるというような「黄色いベスト」層の人たちに少なくともその月を超すことができるような金を手渡す、「心の銀行」を設立するつもりだと表明した。 「心のレストラン」はそれこそ「普通の人」が少しずつ寄付したり余った食料を持ち寄ったりして始まったけれど、「心の銀行」は現金だから、「富裕層」に呼びかけて協力してもらう、すでに共感してくれる仲間が現れた、とシリルは言っている。 もちろん彼らは稼ぎに対してすでに相応の税金を納めている。それでも、贅沢な生活をして資産もあって将来も安泰で、なお余裕がある。今、毎日、生活が苦しいという人たちが「黄色いベスト」をつけて名乗りを上げているのだから、個別の彼らにすぐに助けの手を差し伸べたい、というのだ。もちろん「不正受給」をチェックするためのシステムは最低限作るけれども、「最低賃金で働いている人が暮らせない」状況をすぐに、具体的に、少しでも助けるべきなのがコリューシュの「心のレストラン」に共感し尊敬する自分にひらめいた考えだ、と言う。 すなおにいいなあと思った。 大金が手に入るとすぐに節税やら脱税やら私利私欲や友達優先を考えるような多くの人の他に、具体的に、今、自分のいる国の中で困っている人に、「足らない分」を援助しよう、食べ物ではなくて、その人たちがそれぞれの「足らない」ものに使えるように、現金を提供しよう、と考える人がいるのだ。 私などはこの二つの層の中間でしかなく、月末に苦しくなるような状況にはまず縁がないけれど、ひょっとして長くなる老後のリスクに備える以上の余裕はあるはずもなく、多少の寄付やボランティアをしている程度だ。 それでも、今の時代に生きているおかげで通信環境はあるし、暑さ寒さも屋内ではしのげるし、衛生環境もいいし、好きなものを好きな時に食べられるし、「最低賃金」の人たちどころか、ある意味では100年前の大金持ちよりも200年前の王侯貴族たちより快適な恵まれた環境で暮らせている。 もちろん税金もそれなりに払っている。 けれども、知り合いではなく、「今困っている事情をたまたま知った特定の人に現金を続けて支給する」ような経済状態にはない。 でも、仮にそんな余裕があったとして、この「黄色いベスト」運動を見て、私がシリルのような発想に至ったかどうかは疑わしい。 「私にもしありあまる大金があったなら」などという妄想の中でいつも思いつくのは、どこかにお城を買って、アーティストたちを集め、サロンやコンサートホールを作り、音楽家の研修、フランスバロックの音楽学とダンスの研究などの施設を運営する財団を創りたい、というものばかりだ。 「黄色いベスト」運動の人たちは、これまでの路上生活者やメトロの中の「物乞い」、移民や移民の子弟の「ゲットー」、難民キャンプの人々などという、ある意味「カテゴリー化」されて、分かりやすくはあるけれどそれこそ、一人一人のヒストリーが見えないので、その「原因」の究明や解決が難しいと思わせるタイプの人たちではない。 30年前までは、地方の町で私の隣人だったような人たちだ。 どの話も身につまされる。 彼らがマニフェストしてくれたことに感謝する。
by mariastella
| 2018-12-08 18:28
| フランス
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