ラジオの番組で、一神教の神学者たちを集めて「聖地」について解説してもらっている番組を聞いた。
で、覚書。
キリスト教は、フランスなのでカトリック神学者。
19世紀以降の「聖母御出現」の場所などが次々に「聖地」として信徒の間に認識されて巡礼地化したこと、
ヨハネ=パウロ二世が、そういう「聖地」に来た時に、地面に接吻するようになったことで、五出現の内容とかと別に、「場所」そのものが「聖なるもの」のような印象を与えたこと。
ヨハネ=パウロ二世は、どの国に行っても、着いたらそこの土に接吻するようになったので、よく言えば、この地球全部が、神に創られた聖なる場所、「聖地」=「聖なる地球」(ラテン語系では同じ言葉になる)だと表明したともいえる。
現存の人物や聖像などを「聖なるもの」と崇めているわけではないから偶像崇拝にはならないという。
まあ筋は通っている。
「御出現」などが司教に認可されてそこに建てられた聖堂が巡礼の対象になることもあるし、もともとの巡礼地に「御出現」があることもある。その場合はもともとの巡礼地なのだから、「御出現」の正当性の議論はスルーされることも多い。
聖母の場合は、もともと「ルルドのノートルダム」のように、「どこそこの聖母」と、ローカル化されて崇敬されているので、フォークロリックな民間信仰の一種じゃないかと思わされるけれど、そういう思い入れの受け皿を与えつつ、ばらばらにせずにノートルダムで集約するのも一つの智慧なのだろう。(続く)