(これは前の記事の続きです)
次にイスラム教の聖地。
これはよく知られているように、三ヶ所ある。
まずはもちろんメッカのカーバ神殿。
ユダヤ・キリスト教と同じ一神教なので、創造神とアダムにまで遡る原初の神殿のような位置づけだ。七万
中の「御神体」は天使が運んできたという有名な「黒石」で、これに巡礼者が接吻などして触れるのは、触れれば全ての「罪」が一瞬で黒石に吸収されて、巡礼者は浄化されるからなのだそうだ。
黒石って「罪の色」で黒いのかなあ、ブラックホールみたいでもある。
生涯に一度はカーバに巡礼しろというのは、「清め」てもらって天国に行けるという意味もあるのだろうか。でも実際は、巡礼者が多すぎて接吻などしていられない。ぐるぐる回って指さすだけがほとんどだというから、「罪」の浄化はどの程度なんだろう。
キリスト教だって、初期の頃は、洗礼を受ければそれで天国へのパスポート、みたいな時代から、でもその後でまた罪を犯してしまうから、「告解」して「罪障消滅」してもらう時代、それでもまた罪を犯すから何度でも告解するとか、いよいよ臨終の「秘跡」で「清めてもらう」ようないろいろなプラグマティックな工夫がなされてきた。
仏教でも、もう罪を犯したり戒を破ったりするリスクのない死後に法名だの戒名だのを授けてもらうようなシステムが生まれているのと似ている。
生きているうちは罪深い存在だけれど、死ぬときには何とか清くなりたい、という心情は普遍的なようだ。というか、どの文化にもそれぞれの道徳だの戒律だのがあり、それを「厳守」できていない人は、たとえそれが社会的にばれなくても、それなりの罪悪感を抱くのだろうか。
で、二つ目はもちろんメッカを追われたムハンマドの死地で、墓所のモスクのあるメディナ、
三つめが、ムハンマドが天に上げられたというエルサレムの岩のドームがある神殿の丘だの。
メディナに住んでいたのに、天使ガブリエルに連れられた天への旅がまずエルサレムに行ってその岩を出発点にしたということになっている。
ともかく聖地はこの三つで分かりやすい。
(続く)