盲腸記 その2(これは前の記事の続きです)
今回のミニ入院が思いがけず私に新しい目を開かせてくれたのは、入院の3日目に「黄色いベスト」運動が始まったことだった。この運動は、最初は公共交通機関のない地方で毎日車で通勤する人々がエコロジー促進目的で値上がりを続ける燃料税に対して抗議したものだった。環境汚染による地球の終わりを心配するよりも毎月の終わりに家計が苦しくなる現実をずっと無視されているという怒りだった。そのほとんどは最低賃金やそれに近い給料をもらう就業者で、これまでいろいろな社会対策の対象となってきた「若年失業者」「高年失業者」「移民」「難民」「過激派」「ホームレス」などの「目に見える」貧困層ではない。
で、正直言って、私の周りには、そのような人がいない。 もちろん、スーパーでレジに座っている人たちや行きつけのいろいろな個人商店で働く人や、大衆レストランの従業員や、いろいろな人たちが最低賃金ライン(手取り1200ユーロ、今のレートで日本円にすると15万円くらい)で暮らしているだろうことは想像がつくけれど個人的な付き合いはがあるわけではない。 周りのアーティストには生活が楽でない人もいるけれど、なんというか、アーティストは「アーティスト枠」であって、「苦しむ小市民」とは別のカテゴリーなのだ。 音楽院の友人や私の生徒たちも、そもそも音楽を学ばせるということがこの国では親の教育程度や社会階層とリンクしているので(小学校には音楽の時間がない)、もともとある程度生活の余裕がある人たちだ。今までの生徒たちの親の職業で一番多いのは教師、公務員、医師、アーティスト(ダンサー、映画監督、陶芸家)、エンジニアなどだ。(レッスン料はアーティストを支援するNPOに寄付してもらう形になっている。)
ところが、今回、わずか一週間にも満たない入院で、「最低賃金」ラインの人々ととつぜん非常に深い関係になった。 例えば看護師や看護助手。 夜勤の多い大変な仕事なのに国立の大学病院で十分な給料がもらえない。これらの人たちとの関係は、スーパーのレジ打ちの人やお店の従業員との関係とは違う。フランスのシステムとして緊急入院して手術をする人には、一銭も請求されない。だから形としては彼らに一方的に「世話をしてもらう」ことになる。こちらは「ハンディのある弱者」だから、「普通の人ならできること」でも、彼らの手を借りて助けてもらうことになる。これはもう、向こうは仕事だから、なんていうビジネスライクな関係ではない。第一こちらが全身麻酔で意識がない時にも一方的にお世話してもらっている。
そして、特に看護助手のような看護師よりさらにランクの低い仕事には黒人女性の率がものすごく多いことを知った。カリブ海系の海外県から来ている人も多いようで、独特の訛りのある人もいる。平均して、がっしりとして太っている(というか胸と腰のボリュームに圧倒される)。頼りがいがある。ある程度年配の人も多い。今回初めて気づいたので恥ずかしくて言いたくないけれど、私には、彼女らの典型的なタイプを前にして「区別がつかない」ことが分かった。もちろん例えば白人にとって「中国人はみな同じ顔で区別がつかない」などと思われることもあるかもしれないけれど、黒人もたくさんいるフランスに長く暮らして、彼らを特別の人として識別して向かい合うことがこれまでの私にはなかったのだ、という現実を思い知らされた。でも、病床にあっては、彼女らは、私の名を呼び(確認義務があるのだろうが)、血圧や体温やらを測ってチェックし、点滴の薬を入れ替えたり包帯を替えたり、そもそも、短時間とはいえ全身麻酔の手術の後で意識のない私の世話もしてくれたわけだ。私も彼女らの名札を読んで名前を呼びたい。 実際私と同室だった女性はみなをファーストネームで呼び、差し入れのお花を上げたり、ジョークで笑わせたり、みんなといい関係を築いていた。後でわかったのだけれど、彼女は肥満治療のために胃に取り付けるバルーン治療の調整の手術だったので、前日から個室を頼んで入院して(もともと2人部屋なのでそこに緊急の私が飛び込んだ)、私と同じ日に手術しても回復が早かったのだ。彼女が退院して一人になったころは私も余裕ができて、若くて元気そうな大柄な看護師に、 「あなたはきっと入院したことなんてないでしょう。こんなところで働いて、世話する人はみんな言ってみれば病気や痛いところがあって苦しんで不幸な人ばかりで、そんな人ばかり見て落ち込まない?」 と聞いたら、 「ええ、でも、最終的によくなって退院していくのは幸せなことだから、それを見るのが嬉しくて楽しみなんです」 と答えた。 優等生的答えというより実感がこもっていた。 そうか、来た時よりも元気になっていくのを見るのだから励みになっていいんだなあ、と感心したけれど、それならやはり、回復の見込めない重病人や意識不明のままの患者や、危篤状態や老衰の患者を看護する人は大変だなあともあらためて思った。 看護助手の一人からは、「黄色いベスト」運動のニュースを私がTVで見ていた時、「自分も車で通っているので少し見ていいか」ときかれた。この人たちもきっと「最低賃金」で働いているのだろう。「黄色いベスト」運動への共感が時々話題になった。 で、私の同室となった女性。 リタイアした普通の白人女性でエネルギッシュな感じだ。 はじめは彼女が起き上がった時に両脚にギブスをはめているのかと思った。 「事故ですか?」などときいてしまった。 考えてみたら「消化器外科」の病棟なのだからそんなはずはないのに間抜けな質問だ。ギブスだと思ってしまったのは、彼女の自前の動脈瘤防止の弾性ストッキングだったのだ。肥満治療に来ているぐらいだから両脚も太くてギブスを着用しているかのように見えてしまったのだ。病院で支給される普通サイズのものは入らないので特大サイズなのだそうだ。
仕切りもないし、かなり広い部屋とはいえ斜めに向かい合う方向でベッドが置かれているので、相手の様子が見える。彼女がしょっちゅうスマホを使って電話したりメッセージを受け取ったりする音がする。
「こういう時インターネット環境があるって便利ですよね」と私が言うと、「私は最低限しか使わないようにしている、ほんとうに時代は変わった。」と答えるので、「そうですね。今子供を育てている人なんて、子供の携帯の使い方などを考えると大変ですね。」と私。 SNSを使ったハラスメントやいじめの例が今はフランスでも話題になっていて、たった今TVで語られたばかりだった。 「子供がSNSでいじめられていても親が気づけないと悲惨ですね」と私がいうと、「ああ、それは一番つらい」と感情のこもった声で答えた。 そして、 「ネットがなくてもいじめられることはある。私は子供の頃から太っていて『ブタ』だとからかわれてすごくつらかった。死のうと思ったこともある。」 と言い出したのだ。
私は驚いた。そんな負の思い出を誰かから面と向かって話されたのは初めての経験だったからだ。 それから、彼女とのいろいろな話が始まった。 すごくユニークな人だった。
彼女を最初に見て、私の単純な先入観から漠然と思っていたのは、アメリカの「プアホワイト」の肥満者とかぶるもので、私の知人や友人たちとは異質な人、という印象だった。
この人は実は75歳で、その人生は波乱万丈のものだった。Aさんと仮に呼ぼう。 Aさんはある大手食品会社で働いていた。その時に知り合った同僚と結婚した。相手はユダヤ人だった。結婚してから独立して食品関係の会社を自分たちで立ち上げた。人件費とそれに伴う社会保障費を節約するために、彼女はほとんど無休で働いて社長である夫を支えた。 夫の母親は何度も彼女にユダヤ教への改宗を迫ったけれど、彼女は頑として断った。 Aさんはフランスでスタンダードな「なんちゃって」カトリックだ。で、母である彼女がカトリックだから、3人の子供はユダヤ人認定はされない。「無宗教」で育った。 子供は女、男、女の3人だ。 仕事はうまくいき、子供たちの教育も順調だった。 長女は最初医学部を目指したが、1年目の選別試験で落とされて法学部に転向して医療訴訟専門の弁護士になった。 (「あ、じゃあ、おかあさんがこうして入院してもなんとなく心強いですね」と私。) 長女はパリの一等地に自分の事務所をかまえている。50歳近いのに独身であることが心配だ。ユダヤ人弁護士と付き合っているけれど、同居するのは絶対嫌だと言って猫と暮らしている。ユダヤ人弁護士が猫を拒否するからだからだそうだ。 (「うーん、そういうケースは男が折れる以外に解決の道はないですよ。女性が自立して自分のアパルトマンを持っていて猫と暮らし始めたらもう結婚する気がなくなるなんてよく言われますよ」と私。)
で、その長女は猛烈忙しくて、Aさんをフォローするために病院に来るということはない。(彼女は行きも帰りも病院が呼んでくれるタクシーを使った。)
第二子である長男は情報関係のエンジニアでこれもパリ近郊で裕福に暮らしている。次男の「問題」は、モロッコ人女性と結婚していることだ。フランスで生まれ育ったモロッコからの移民の二世などではない。モロッコで生まれ育ったエリート女性で、その母親は作家としてモロッコで活躍している人だという。で、もちろんムスリムで、ムスリム女性はムスリムの男性としか結婚が許されないので長男はあっさりと「改宗」している。 イマムの前でアラーだけが神でありムハンマドだけが預言者である誓いの言葉を発するだけでいいので「結婚するために彼は嘘をついたのだ。」とAさんは断言する。 長男は何も信じていない、それでも、だんだんと飼いならされてきて、最近ではラマダンにも付き合わされるようになった。2人の子供にムスリムとしての戒律を厳格に守らせることにも異を唱えてはいない。
で、この長男だけが、ひとりで、木曜の夜に見舞いにやって来た。 大柄なAさんと違って痩せ型で小柄で、それでもムスリムらしく髭を生やしている。 Aさんのそばに座ってぼそぼそと話してから帰っていった。
「見た目は完全にアラブ人といってもおかしくないでしょ」とAさん。
で、末っ子の次女だがこれがまたすごい。彼女は本格的なイスラエル人と結婚して、本気でユダヤ教に改宗するために勉強を重ねている最中で(ムスリムになるのと違ってけっこうハードルが高い)、結婚してすぐにイスラエルに行ってキブツに住んでいる。幼稚園児と小学生の子供がいる。彼らのユダヤ教戒律遵守も大変で、肉とスープは同じ冷蔵庫に入れることもだめだとか、非常に細かいので、たまにフランスに戻って長男のムスリム家庭といっしょに食卓を囲む時などイスラムとの戒律のバッティングもあって大騒ぎになるのだそうだ。
Aさんはキブツに住むこの次女のことが心配で心配で毎日パレスティナ情報を調べている。 しかも、5年前に、この次女が、2人目を出産してすぐに乳癌になって治療することになった。同時にその次女の夫も睾丸癌の治療が必要だった。Aさんは孫たちの面倒を見るために半年間キブツで暮した。その時にもロケット砲が飛んでくる音を聞き、一触即発の雰囲気の中で暮した。次女は兵役も経験している。 それだけではない。Aさんは高血圧の他に持病もあるのだけれど、キブツの中の病院には行く権利がなくて車で40kmも先の診療所に行くしかないのだった。 キブツの中では、収入が配分される共産制で、病院も学校もすべて無料なのだけれど、それはイスラエル人にしか適用されないのだそうだ。家は自分たちのものだが、土地はすべて国家のものだ。 「え、でも、イスラエルの国籍を取得した娘と娘婿が癌治療の間に70歳の母親がわざわざ孫の世話をしに来ているというケースなんだから当然例外を認めるべきでは?」と私は驚いた。
Aさん自身はユダヤ人と結婚していても、姑以外からは何もしつこく強要されず、ユダヤ教への改宗を拒んできたのに、皮肉だ。
それだけではない。 子供たちも独立してビジネスも成功したAさん夫婦は、販路も広げたし世界の各地に旅行もした。何と日本にも行ったことがある。京都の思い出を話してくれた。 ところが、何があったのか知らないが、離婚。慰謝料をもらう代わりに広い庭のある自宅をもらった。問題は、リタイアした時に、彼女の年金が非常に少ないことだ。自営業でやってきて経費節減のため彼女の給料がパート扱いでほとんどなかったので、彼女名義で受け取る年金が800ユーロくらいしかなく、それでは広い家の維持費や固定資産税の支払いも大変だ。で、そこはフランスだからいろいろな社会保障費が支給されるのだけれど、それを全部合わせてようやく月1200ユーロなのだそうだ。 出た。 「黄色いベスト」運動の掲げる最低賃金1200ユーロの生活難。 臨時の出費があった時には長女が時々助けてくれるのだそうだ。 「子供たちを立派に育ててみんな仕事していて、彼らの父親のせいであなたが大変なのだから、もっと定期的に払わせれば? 母親の生活費を毎月援助する額のかなりの部分は節税になるはずよ」と私は言った。 するとAさんは、「そんなことをしたら向こうには減税で戻ってきても、私の方はそれを収入として申告しなければならない。そうしたら今払っていない所得税まで発生することになるので藪蛇よ」と答えた。 なるほど、それなら時々現金で「お小遣い」をもらうしかないのかもしれない。
彼女は退院してからは自分の車を運転して主治医のところに通うのだそうだが、「私は車の運転席の横フロントガラス越しに見えるところに黄色いベストを置いてマニフェストするつもりだ」と言った。
しかし、苦労して働いてようやく優雅な暮らしもできるようになった人が、キブツは別として、パリやパリ近郊に暮らして現役で働いている子供たちの援助を受けずに「黄色いベスト」に加わるつもりとは…。
彼女は私にとても親切で、最初、私がトイレに行くために起き上がるのが大変そうなのを見て、「ボタンを押して看護師を呼べばいいのよ」とその都度言ってくれた。夜中に看護師がなかなか来なかった時、自分もボタンを押して、しまいには、様子を見ると言って、起き上がって廊下に出ようとしたので、「いや、あなたにそんなことをしてもらいたくない」と私が止めるとようやく看護師が来たこともある。
退院する時、隣人だという女性が来て付き添ってくれたようだ。 みんなに慕われている人なんだなあ、と思う。別れる時にそばに来て抱きしめてくれた。 「あなたと知り合えただけでも今回の入院はポジティヴでラッキーだったわ」と私は言ったが本音だった。 私は好奇心全開でフィールドワーク風にいろいろなことを質問したけれど、Aさんの方は私のプライヴェートな情報を日本人だという以外にほとんど何も聞かなかった。これという波風もない私の人生は彼女の人生の前では語るのも気が引けるほどだけれど、一応「盲腸」という緊急事態で、彼女のように自前のタオルも何もない着の身着のままで入院しているのだから、ある意味で、しっかりと実存的弱者だ。「裸のつきあい」という言葉があるけれどそれに近いのかもしれない。 それに、ここはフランスだから、2人とも退院の時にまったく支払いをしなくてもいいという点でも平等だ。平等なのに、私たちの日常の生活感覚はきっとまったくかけ離れているだろう。そして彼女の人生は「普通のフランス人」のイメージと大きく異なる。 彼女のおかげで「黄色いベスト」運動の多様性のことを本気で考えるようになった。 (続く)
by mariastella
| 2018-12-28 03:27
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