盲腸記 その4退院してからは、6日間、抗凝固剤の注射、傷口の消毒と包帯替え(手術の傷は内視鏡手術なのですでにふさがっていたけれど、ドレーンのチューブは退院の日の朝に抜いたばかりだったので)のために訪問看護師に通ってもらう日が続いた。 「黄色いベスト」運動が続いていたので、TVでは相変わらず、最低賃金で働き月末になると子供におやつも買ってやれないシングルマザーだとか、持ち家を売った金をくずさないと特別養護ホームの料金を払えない夫婦だとかが紹介される。最低賃金が手取り1200ユーロでなく1500ユーロはないとやっていけないという。 年金生活者も1200ユーロ以上もらっている人はいろいろな社会連帯税を取られているが、それが来年から値上がりするのを恐れている。(のちにマクロンが譲歩して最低賃金は100ユーロ上乗せ、年金も2000ユーロ以下なら差し引かれる税金の値上げは中止、などの決定がなされた) 病院での体験のおかげで、TVの討論に招かれて話す「黄色いベスト」メンバーたちを見ていると、Aさんや、たくさんの看護助手たちの姿や働く様子が同時に想起されて共感度が深まる。
ほんとうに貴重な体験だった。 ひとつ、退院してすぐに「しまった」と思ったのは、どうせなら、病院付きの司祭を呼んでもらえばよかったということだ。 フランスなら確か、65歳以上なら望めば「病者の秘跡」というのを頼める。 ひと昔前のカトリックなら「終油の秘跡」に相当する臨終前のものという印象だったけれど、今は、望めば何度でも受けられる。ルルドなどでは毎日の病者のミサででも受けられる。 日本にいた頃の私の印象では、『スケアクロウ』のアル・パチーノが、自分の子供が洗礼を受けずに死んだ(妻の嘘)と聞いて「地獄に堕ちた!」と錯乱するラストシーンのイメージだ。 1973年の映画なのに、第二ヴァティカン公会議の改革は知られていないのか、「洗礼を受けずに死ぬと地獄堕ち」って、中世のままだなあと驚いた。終油の秘跡もちょっとそういうイメージがある。 でも、今は65歳以上ならOKとフランスでは言われているので、日本に行った時に、それができる人に頼んでみたら、「いや、重病だとか、今から手術を受けるとかいう人にしかできません」と断られたことがある。でも全身麻酔の手術であればいつも多少の麻酔事故のリスクはあるのだから、病気が重大でなくともOKのようだ。 で、じゃあフランスで試してみるか、という暇もなかったのでそのままになっていたけれど、そうだ、今回は「たかが盲腸」とはいえ、しっかり入院して手術したんだから、そして病院には必ず司祭がいるか呼んでくれるはずだから、入院した時点で「司祭さんをお願いします」と言えば、絶対に来てもらえたはずだ。 どんな人が来て何をしてもらえるのか確認できるチャンスだった。 でも、アジア人の私がたかが虫垂炎で「すぐに司祭」を、なんて言っていたら、なにか怪しげな原理主義的宗派の老女、みたいなレッテルを貼られて偏見を持たれるようになったかもしれない。まあその反応を見るのもそれはそれでおもしろかったかもしれないとも思うけれど、まあ、正直言って、そんな心の余裕もなかったろうし、ストレスのもとになったかもしれない。 実際、退院するまで、入院している現実と宗教だの司祭さんだのとの関係など一瞬も頭に浮かばなかった。 ところが、退院してから連載原稿のテーマをもらったのが「カトリック病院について」だった偶然には驚いた。でも、特に緊急入院の患者などの場合は、宗教や信仰が役に立つのは患者本人ではなくて周りの人の方だろうなあと思う。10年前母が緊急入院した時には、深夜だったけれど時差があってまだ午後だったフランスに電話してチベットの高僧に祈ってもらうことにして救われた気分になったのを思い出す。亡くなる数時間前の友人に病室でパリの愛徳姉妹会の「不思議のメダイ」を渡したこともあった。 全快して希望と健康を取り戻して退院していく患者だけではなく辛く苦しい人生の終わりも世話して看取らなければならない病院のスタッフにとっても、宗教や信仰や祈り、スピリチュアルなものに思いをいたすことはさぞや助けになることだろう。 いやあ、これから先、私がまた病院のお世話になることもあるかもしれないし、親しい人、周りの人が病むこともあるだろう。そんな時に、ただパニックになったり自分の痛み苦しみばかりで完結したりするのではなくて、スピリチュアルな次元に向かって手をさしのばしてみることを忘れないようにしよう。 と、もう一つだけ後日談。
私が「盲腸の手術」をして退院したことを知っている人から、少し後でLINEが送られてきた。 東大の駒場祭にいるという。 その中で、研究の最前線の内容を10分でプレゼンテーションするというコーナーがあったらしい。そのテーマが「虫垂」。虫垂がサル類の進化とどういう関係があるか。 ![]() ![]() ![]() 虫垂があるのは類人猿の進化の徴し。 私にはもう虫垂がなくなったから、「旧世界ザル」へ転落? で、その「適応的意義」が ー 腸内細菌(善玉菌)の備蓄 ー 免疫機能(リンパ組織が集中) と、ここで1行あいて、 ー しかし虫垂炎になる だって。 「しかし虫垂炎になる」 善玉菌をためて、免疫機能を上げて、それでも虫垂炎になるのかい。 というところをオチとして、この「盲腸記」を終わります。
by mariastella
| 2018-12-30 00:05
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