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L'art de croire             竹下節子ブログ

「黄色いベスト」運動の第一次総括  日本とフランス

4週間にも及ぶ「黄色いベスト」運動。


「過激化した」と自ら開き直る人もいれば、極右や極左の政党色も見え隠れし始めたし、逆にとても「市民的」な互助連帯で生き生きしている人もいるし、政府が提言する「対話」の推移を見ながら確かな展望が見えないのならまた春に運動を再開する、ひとまずは、疲弊した警察や経営が傾く小売店にも配慮して矛を収める、という人もいる。

この「黄色いベスト」運動を外から見る人からは、


「フランスってフランス革命の国だけあって野蛮」

とか

「マクロンはEUでの理想論ばかり立ち上げて足元を見ることのできなかった小僧っ子」


のようなコメントが目についた。


前者については歴史家のマルク・フェローも「我々の国には、税金と中央集権に対していつでも燃え上がるような火種がある」と認めている。地に足をつけずいつも飛行機でブラッセル、ロンドン、NY、北京のロビーストや銀行や国際組織の間を駆け回るトップと、そこから切り離されて地方の実情と向き合わなければならない地方政治家である議員たちは分断され格差は広がっている。

(蛇足だが、2つ目の、「マクロンは若すぎて経験不足でお子ちゃま」系の批判は最近はフランスでも派手に言われてはじめている。私はこれには異議がある。41歳は立派な大人であり、逆に、50歳でも60歳でも人生から何も学ばずに小児エゴイズムの中でだけ生きている人だっていくらでもいる。マクロンはセルフプロデュースにも長けたリーダーシップがあり人々の希望を掻き立てて大統領となった実績がある。その「演出」の妙で、プーチンやトランプやメルケルとも堂々と渡り合った。フランス革命のリーダーたちはほとんどみな30代だった。私はサルコジが嫌いだったけれど、彼の低身長が揶揄されるのはもっと嫌いだった。身長や年齢など、相対的なもので本人に変えることができないような与件を攻撃に使うのは許せない。マクロンの失敗や欠点はマクロンの失敗や欠点であり、年齢による失敗ではない。そもそも一国のリーダーは年齢による失敗が許されるような安易な身分ではない、と思う。)

で、では、一般フランス人の貧困がそれほど深刻な状況なのかというと、OECDの他の国と比べると突出しているわけではない。OECD加盟の四分の三の国ではいずれも経済格差が広がっている。その一番の理由は、もちろん新自由主義のせいで歯止めがなくなっているからなのだけれど、産業界における急激な技術革新が一番の原因だ。

最新の技術が駆使される分野で働く人とそこに入れない人とでは、給料、収入、キャリアがまったく別のものになってきた。

2008年の経済危機の時は失業率も高かったのでセクター間の「格差」は大きく意識に上らなかった。それから10年経ち、ある程度の「経済」回復があって「成長」もあったというのに、トリクルダウンを待っている人々には何の恩恵もなかったのだ。


2015年以来OECDはこの格差がやがては経済成長も妨げることになると警告を発している。なぜなら、格差が広がり貧困層が増えるとそこで育つ子供たちは高等教育や職業訓練の機会を奪われ、結果として、「最新技術分野」で働く人的資本そのものが減っていくからだ。

OECDの平均では、富裕層の10%の収入は、貧困層の10%の家計収入の9,5倍だという。フランスでは8倍だ。国の平均所得の60%の所得しかない相対貧困者を比べてもフランスはそう悪くない。

実際、フランスの「黄色いベスト」運動で知られるようになった最低賃金手取り15万円というのも、日本では全然悪くないじゃないか、などというコメントもあった。

では、何が「黄色いベスト」運動を駆り立てたのか?

第一に、フランスでは、所得の差は他の先進国より少ないが、「資産」の格差が大きい。

1%の富裕層が18%の資産を所有し、10%が半分以上で、所得の下から40%までの人たちの資産は3%に過ぎない。

第二の問題は、社会的な階層移行が極めて遅いことだ。

OECDの調査では、最下層の人が「中流」になるまではフランスでは6世代180年もかかるという統計だった。これはもちろんアメリカン・ドリームのアメリカと比べて異常に長い。アメリカの方が実際の社会の経済格差がフランスよりも大きいのだけれど、この「上昇」可能性のイメージが、不平等への視線を緩和しているという。

フランスには社会民主主義の伝統があるから「再分配」のシステムは本来他の国より整っている。

再分配率は、OECDの平均24%に対して34%だ。けれども年金も失業保険も、現役時代の収入、最後の職場での給料によって多寡があるように、「格差」を埋めるかたちにはならない。社会党政権だった2013-15年の間に、それまで世帯の収入にかかわらず一律に支給されていた子育ての助成金に上限がようやく設けられるなど是正はされた。

その他、共和国理念に沿っていろいろやっているものの、実際は、首都圏と、地方の「見捨てられた」市町村だの大都市郊外の「ゲットー化」した町だのとの経済格差は広がる。パリの西に接するオードセーヌ県の総生産は貧しい県の5倍に達する。

問題は、すでに主張されているような「内的な再分配を可能にする成長」だけでなく、底辺の人が尊厳ある生活にアクセス可能になるような、教育と職業訓練の配分だ。教育が無料であるフランスでさえ、低所得家庭に生まれた子供が十分な教育と職業教育を受けずに将来のキャリアが築けない現実はどうしたらいいのだろう。

フランスの場合は、それに加えて、旧植民地を中心とした移民労働者や移民の子弟たちの問題もある。

彼らの支援に対応するために今回の「黄色いベスト」運動を担う「普通のフランス人低所得層」への対応が遅れていたという現実がある。ヨーロッパへの移民の最前線の国であるイタリアでそのような状態が20年続いて、「低所得のイタリア人」の怒りがついに、反移民、反ヨーロッパに向かった現実をフランスは肝に銘じるべきなのだろう。

(以上の記事で引用した数字などは2018/12/13付の『La Croix』紙のp30-31が出典です)

と、ここまで書いて、ここの所「黄色いベスト」運動を身近で観察するとともに、ネットで日本の社会状況を同時に見ていると、時々胸がしめつけられる。

塾だの私立学校への教育費が驚くほど高く、医学部に行くのに何千万もかかりそうなのも信じられないけれど、さらに驚かされたのは、「未婚の一人親(実質は女性)」への援助が、「婚姻歴のある一人親」に比べて差別されているという記事を読んだことだった。

>>配偶者と死別や離婚をしたひとり親の所得税や住民税の負担を軽くする「寡婦(寡夫)控除」。婚姻歴のないひとり親は法律上、「寡婦」とみなされず、この控除を受けられない。これとは別に、住民税が非課税になる条件も未婚のひとり親は寡婦よりも厳しく、婚姻歴の有無で税負担に差がある。 (…)一方、伝統的な家族観を重視する自民税調幹部からは「税制で対応すれば、未婚のまま子どもを生むことを助長することにつながる」との異論が噴出。寡婦控除は戦争未亡人を対象に創設されたという経緯もあり、未婚のひとり親に同等の優遇をすることには根強い反発がある。(朝日新聞デジタル)<<

出生率が減っていないフランスでは「婚外子」が半数以上、というのは日本でも少しは知られているだろうけれど、ほんとうに、この記事を読むと、どこの宗教原理主義の国の話だろうとか思ってしまった。

弱者救済どころか懲罰的だ。

「移民労働者に全ての労働者と同じ権利を」などという以前の問題だ。

少子化で国が亡ぶと言われる日本で子供を産んで「生産性」を発揮してくれている女性が、権利上の差別を受けているなんて。

こんな時代錯誤が続いている国で、生活保護家庭や高齢者の福祉財源が削減される。武器購入予算はスルーして、福祉の金は「血税、血税」と言って監視される。 


こんな状況、OECDでの統計はどうなっているのか知らないけれど、フランスならもうとっくに発火点を超えている。

私はもともと「欧米在住」の人による「日本は遅れてる」式のコメントを見るのは嫌いなので、自分も言わないようにしているのだけれど、今回の「黄色いベスト」運動によって、少し目が覚めた。

「未婚のひとり親」差別は明らかな女性差別だ。その底に女性蔑視がある。

そして先日来の沖縄での辺野古への土砂投入という暴挙は、沖縄県のとった全ての法的な手段を踏みにじり住民のデモを妨害するものだ。

これも「本土による沖縄差別」というより、旧植民地蔑視なのだ。

フランスやヨーロッパ諸国の帝国主義はアジアやアフリカを「植民地化」してきた。

そのツケは大きい。目に見える。

しかも、結果的に植民地が独立したのは、近代の「欧米」が合意事項として掲げた民主主義、自由平等主義そのものに自らが首を絞められたという面がある。

謝っても、謝っても、償いきれないジレンマがあるのだ。

「見た目」の人種差別もあった。差別との戦いはほとんど実存的に根が深い。アメリカの黒人も、フランスのマグレブ人も、そして全ての国の女性も性的マイノリティも、声を上げない限り実存的に差別され続けるのだ。

それなのに日本。

「見た目」の違いすらない東アジアの「旧植民地」出身者らに向け続ける根拠なき「宗主国メンタリティ」の根の深さはいったいどういうことだろう。日本人の「血税」を使う外国人批判や、「外国人労働者」と共生できるかどうかなんて不安はどこに根拠があるのだろう。

沖縄のように第二次大戦の終わりに選択的に「捨て石」にされた地域(そして戦後も今までずっと続いているわけだが)に対して、「謝っても謝っても償いきれないジレンマ」どころか、「アメリカ」との関係を盾にして差別の実態さえ認めていない。占領者であったアメリカ一国とだけ安全保障条約を結び、国内の人種差別も女性差別も克服していないアメリカとの不平等な関係に甘んじて、その重荷をさらに沖縄という被差別地域に押しつけている。

すなわち、被差別に値すると見なされる弱いところ(それが身心の障碍者であれ、高齢者であれ、未婚のひとり親であれ、外国人労働者であれ、過疎地域であれ)に寄り添い救うという視点はまったく欠如しているわけだ。

しかも、沖縄の場合、セキュリティの問題、核兵器の問題、生活の質の問題、日本の憲法と近代史の解釈がすべて問われるような大問題だ。

「黄色いベスト」運動によって、一つの覚醒がもたらされた気分だ。


「どこかで生活に困っているひとり親」に心を寄せられない人は、「黄色いベスト」運動にも、「辺野古基地建設阻止」運動にもほんとうにつながることができない

いや、問題は、ほんとうは、すべてが、この地球の生態系のように、すでにつながっている、ということなのだ。

辺野古の海を埋め立てることは、隣人のセーフティネットを取り上げることであり、女性の自立と自由を奪うことであり、障碍者や同性愛者や戦地ジャーナリストが「血税」を奪うと言って責め立てることなのだ。


by mariastella | 2018-12-18 00:05 | フランス
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