2018/12/15、ウクライナの統一正教会がついに発足した。
これについてはこの記事に書いた。
スラブ協会の発祥地であり、今も3千万人の信徒を擁するウクライナの正教会は政治事情によって3つに分裂していた。
ロシア革命の後の1920年に独立した教会、
ソ連崩壊後の1992年にウクライナ独立と共にモスクワ大主教から分離したウクライナ主教教会、
そしてソ連時代から教区の大部分を司っていたモスクワ主教区のロシア正教
という3つだ。
けれども、ヨーロッパに接近するウクライナとロシアとの関係が悪化するにしたがって、分裂後25年経った今はウクライナ主教教会が最も人気のある教会となっていた。
で、前回の記事に書いたとおり、その古さによって正教世界での権威を保持するコンスタンティノープル大司教の判断で、このウクライナ正教会が、ロシアとは別の独立教会と認められたのだ。
ロシアとほぼ戦争状態にある状況でのこの処置は分からなくないけれど、ヨーロッパ的な「政教分離」の感覚では、どうしてそこまでこだわらなければいけないのかとも思っていた。けれど、独立正教会になって初めての典礼で信徒が喜んだという記事を読んで納得がいった。
それは、もう「ロシアの軍隊のための祈り」を唱和する必要がなくなったから嬉しいというものだ。
つまり、モスクワ主教下のロシア正教会では礼拝で「ロシア軍のための祈り」が組み入れられていたということなのだ。
ロシアの戦車に踏み込まれたり、ロシア軍と戦争状態にあったりするウクライナの教会で『平和のための祈り』ならまだしも、「ロシア軍のための祈り」はいくらなんでもないだろう。
でも、ということは、ソ連時代の共産党無神論と違って、今のロシア正教は、外交の道具であるほかに、つくづく「プーチンの御用宗教」なんだなあ、とあらためて思う。
中国では、ヴァティカンの譲歩によって潜伏カトリック教会の司教のひとりが中國公認カトリック教会の司教に公式にそのタイトルを譲った。
政治と宗教の関係のバランスや駆け引きはたやすくない。