人気ブログランキング | 話題のタグを見る

L'art de croire             竹下節子ブログ

ロシア発ジャンヌ・カルマンの替玉説

2018年の1210日、ロシアの物理学者で数学者であるニコライ・ザックという人が、これまで記録が確認されているうちで人類の最長寿とされているフランスのジャンヌ・カルマンさん(1875/2/211997/8/4、 122164日)が実は1934年に59歳で死んでいて、相続税を払わずに済ますために当時35歳だった娘のイヴォンヌさんが母親に「なりすました」という記事を出した。それを高齢医学専門のヴァレリー・ノヴォスロフという人が、科学雑誌ではなくウェブサイトで伝えた。


フランスのメディアではまたたくまに話題になった。

ジャンヌ・カルマンさんと言えば、アルルでゴッホに会った思い出を語っていたし、子供もいないときいていたけれど、一人娘のイヴォンヌさんが36歳で亡くなっていて、イヴォンヌさんの一人息子も30代でバイク事故で死に血筋が絶えた、という話だったようだ。

生存時、毎年の誕生日には世界最高齢女性としていつも話題になっていたので彼女の姿はよく覚えている。

よく笑い話になっていたのは、彼女が90歳で施設に入った時に持ち家をある公証人に売ったエピソードだ。フランスではよくあるシステムで、所有権は移るが、買い手は最初の一括金の他に売り手が死ぬまで決まった年金を支払い続ける。売り手が90歳だとしたら平均余命は5年くらいで計算されるので、家の相場から一括金を引いたものを60ヶ月で分割払いする見当で月々の支払いが決定される。もしたとえば1年後に亡くなれば買い手は相場より安く手に入れたことになる。で、カルマンさんの住まいの買い手の公証人はまだ40代後半だった。それなのに、カルマンさんはその後32年も生き、公証人はカルマンさんの死の2年前に77歳で亡くなったので未亡人がその後もカルマンさんに年金を払い続けたという話だ。公証人と言えば、フランスでは家の売買に必ず登場するプロだから、普通は損などしない。だからこの話は一層笑えるのだ。

でも、もし、カルマンさんが実は娘のなりすましだったら90歳の時は実は70歳手前だったわけだから、いくら何でもおかしい。公証人が気づくのではないだろうか。


ロシア人の唱える替玉説の傍証の一つに1930年代のカルマンさんの身分証明書写真があり、その時のカルマンさんは60歳前後のはずなのに、どう見ても若すぎるというのがある。新聞でその写真を見たが、確かに、20代といってもおかしくない若さだ。写真の修正などできる時代ではないし。(他の根拠としては目の色や身長や額の形などの違いも挙げられている)

カルマンさんの実家はアルルの名士だったので、突然娘が母の名を名乗るなど不可能だ、とフランス人のカルマンさん研究者はロシア人の替玉説を一笑するが、うーん、ふたつの大戦の間の時代、名士だからこそ、共同体の人々も納得できるような形で身分証明書だけが入れ替えられたということもあり得るかもしれない。夫ともいとこ同士の結婚だったし。

件の「被害者」である公証人も、90歳と70歳の違いを見抜けなかったのではなく、何らかの理由でできるだけ長く年金を払い続けるつもりだったのかもしれない。

フランスでの「系図」研究は、石造りの教会に残る洗礼や埋葬の記録があるから、家名存続が中心で養子が普通にあり寺社の記録が火災などで焼失しやすい日本よりは確かな部分もある。カルマンさんは敬虔なカトリックだったとあるからカトリック教会の記録を欺くというのは難しい気もするけれど、身分証明書は世俗のものだから改変がスルーされていた時代もあったのかもしれない。

実際、この「替玉説」は、フランス語版のWikipediaにも早速書き加えられていて、真実を知るには母娘二人の墓を掘り起こしてDNA鑑定をするしかない、とある。でも、今さら、「陰謀説」が唱えられても、誰も被害者がいないか脱税でも公文書偽造でもとっくに時効だから、そのような鑑定がなされるわけがない。

私がこの話に気をひかれたのは、もしジャンヌ・カルマンさんが人類の最長寿者でないとしたら日本人が繰り上げ一位になるかもしれないなあ、と思ったからだ。実際ジャンヌ・カルマンさんが現存最高齢者になった時は日本人男性がなくなった時だと記憶する。

で、ネットで調べると、カルマンさんに続くのは日本人ではなくアメリカ、ペンシルバニア州のサラ・ナウスさんで、1880/9/241999/12/30 11997日、カルマンさんの二年後に亡くなるまで世界一の長寿者だったとある。(カルマンさんのすぐ後は、やはりフランス系のカナダ人女性だった)

で、三位が日本人で、鹿児島の田島ナビさん(1900/8/4~2018/4/21117260日)だそうだ。生年月日に確証のある世界最後の19世紀生まれの人だったとある。

うーん、ではカルマンさんが替玉だったとしても田島さんの繰り上げ「世界一」は無理か、と変なところで「愛国心?」が刺激される。サラ・ナウスさんの生まれたのは南北戦争が終わってから15年しか経っていない年で、アメリカのような移民の国で連邦制の合衆国の記録なんて、日本やフランスのように中央集権で歴史があって定住度も高い国とは違うからどの程度確実なのか、などと勘繰ったりして…。 

フランスでも例えば華僑などの移民は、誰かが亡くなっても身分証明書を使い回しているので100歳以上の人がいくらでもいるなどとよく言われている。


それにしても、親子関係って一見すごくナチュラルに見えるけれど、実は、時代や文化によって変化も多いしさまざまなパターンもある。それに高齢者の外見だって、時代と文化によって大きく変わる。

日本では、今の人の見た目年齢は七掛けだと言われる。今の60歳は一昔前の42歳、今の70歳なら49歳、というわけだ。分からないでもない。そして個人差は大きい。ジャンヌ・カルマンさんは60歳でも35歳の「美魔女」に見えたのかもしれない。122歳当時の写真は、実は99歳だったのだと言われても、正直分からない。恒例有名人でも、作家の佐藤愛子さんの今の95歳のつやつやしたお顔とそれより10年若い85歳の時のマザー・テレサの顔を比べろと言われても無理だし。

年の初め、同世代同士、「今年も元気に」「お互い健康第一に」などと声をかけ合うことが多いこの頃、はるか彼方にいる百歳長寿者たちを遠く、まぶしく思う。


by mariastella | 2019-01-06 00:05 | フランス
<< イエスの血の汗---不安は実存... キッチュ宗教 >>



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
以前の記事
2026年 07月
2026年 06月
2026年 05月
2026年 04月
2026年 03月
2026年 02月
2026年 01月
2025年 12月
2025年 11月
2025年 10月
2025年 09月
2025年 08月
2025年 07月
2025年 06月
2025年 05月
2025年 04月
2025年 03月
2025年 02月
2025年 01月
2024年 12月
2024年 11月
2024年 10月
2024年 09月
2024年 08月
2024年 07月
2024年 06月
2024年 05月
2024年 04月
2024年 03月
2024年 02月
2024年 01月
2023年 12月
2023年 11月
2023年 10月
2023年 09月
2023年 08月
2023年 07月
2023年 06月
2023年 05月
2023年 04月
2023年 03月
2023年 02月
2023年 01月
2022年 12月
2022年 11月
2022年 10月
2022年 09月
2022年 08月
2022年 07月
2022年 06月
2022年 05月
2022年 04月
2022年 03月
2022年 02月
2022年 01月
2021年 12月
2021年 11月
2021年 10月
2021年 09月
2021年 08月
2021年 07月
2021年 06月
2021年 05月
2021年 04月
2021年 03月
2021年 02月
2021年 01月
2020年 12月
2020年 11月
2020年 10月
2020年 09月
2020年 08月
2020年 07月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 04月
2020年 03月
2020年 02月
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
カテゴリ
検索
タグ
最新の記事
スペイン・バロック展  その3
at 2026-07-16 00:05
スペイン・バロック展 その2
at 2026-07-15 00:05
スペイン・バロック展 その1
at 2026-07-14 00:05
酷暑に思う
at 2026-07-13 00:05
すてきな女性!
at 2026-07-12 00:05
けだまだま
at 2026-07-11 00:05
ネコとネズミ
at 2026-07-10 00:05
猫の目
at 2026-07-09 00:05
「食べてはいけない!」
at 2026-07-08 00:05
『神秘の目--スペイン黄金の..
at 2026-07-07 00:05
エムバペとジダン
at 2026-07-06 00:05
2026 FIFA ワールド..
at 2026-07-05 00:05
死刑囚から歴史学博士に
at 2026-07-04 00:05
「猛暑」第二派の「最終日?」
at 2026-07-03 00:04
『坂本龍一 ピアノへの旅』
at 2026-07-02 00:05
ブログ読者の方々へのお礼とお..
at 2026-07-01 00:06
「推し活」とアディクションと..
at 2026-06-30 00:05
猛暑と推理小説
at 2026-06-29 00:05
レバノンはどうなるのだろう
at 2026-06-28 00:05
「教え」と「育て」
at 2026-06-27 00:05
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧