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L'art de croire             竹下節子ブログ

「出産(procréation)とは宗教用語だ」 by パリ大司教

毎土曜日の朝のラジオでパリ大司教のオプティ師がインタビューに答えるのがとても興味深い。


インタビュアーは、この手の番組なら予想されるような予定調和的な質問をするわけではなく、むしろ、挑発的な質問の仕方をする。

つまり、今のフランスに当然あるような偏見(カトリックの高位聖職者なら教義に凝り固まっているだろう、とか、現実の社会を知らないだろう、とか超保守派と同じ意見だろう)を見越してむしろその立場から質問を繰り出すことが多い。

そしれに対して、オプティ師はとても自然体で、素直に誠実に答えるのだけれど、それが分かりやすくて説得力に満ちていて、すごい。


先日は、今の政治問題でもあるフランスでの「代理出産」を認めるかどうかなどの法案について聞かれた。

同性婚や同性婚カップルの養子縁組、人工授精などの合法化が問題となる度に、フランスでは、「カトリック保守派がそれは神のみ旨に適わないから大反対する」という具合にカリカチュラルに語られる。


そもそもパウロ6世が夫婦間の行為は「完全に人間的であるべきで、新しい生命に対し全面的に例外なく開放されている」べきだという回勅を出したのが1968年の7月で、フランスでは5月革命で新しい世代が今までの因習を打ち破ったばかりの最悪のタイミングだった。

要するに「避妊」そのものが「神のみ旨」に反するのだという時代錯誤な回勅だと一笑に付されてしまい、その奥にある意味は誰にも考えられずに封印された。

さすがに、フランスのカトリック司教会議は、「昔ながらの知恵が命じるところは,この特定の問題に関して,何が神のみ前における最重要な務めであるかを確かめることである。夫婦は時間をかけて意見を交換したうえで,自分たちの決定を下さなければならない」と言い方を変えたし、多くの神学者たちも産児制限について「夫婦は自分たちの良心に従って」OKだと宣言した。

それでもフランスで「人工妊娠中絶」が合法化するにはそれからまだ数年を要している(1975年1月)。妊娠中絶が合法的でなかった時代には、「闇」の中絶やイギリスにわたっての中絶など女性に必要以上のリスクと負担があった。


今でも「代理出産」はヨーロッパの他国の女性と「取引」されることがあるし、フランスでも実際はインターネットでいくらでも不妊のカップルを助けるという名目で代理出産の候補者が見つかるらしい。TVが調査したのを見た例では、代理出産を請け負う女性は失業中のシングルマザーで、2万ユーロを要求していた。

で、オプティ師が言うには、そもそも「出産procréation」という言葉自体に宗教的含意があるという。

これが動物の生殖であればReproduction(再生産、再現、複製)という言葉が使われる。これはバクテリアが分裂するように、機械的であったり、2つの要素のフュージョンがあってもどちらかがもう片方を取り込んでしまう形となる。

Procréationは「pro + création」で、共にクリエイトするということで、何と共にかというと、「神」と共に、神の創造の業に参加するということだから本来宗教的なのだそうだ。

その前提に「人格」と「人格」のユニオンがある。それはフュージョンではない、コミュニオンである。

セックスとかセクシュアリティという言葉はラテン語のsexualis et sexusから来ていて、その語源はsecare (切り分ける)にある。(異説もある)

分けられていたものが一つに混ざるのではなく交わる。ヒトにおいてはそれは意識的な行為だ。動物の中にも、一生同じ伴侶と過ごす種もあるけれどその「貞節」は意識的な選択ではない。そしてヒトにおけるその「意識」というのは「愛」であり、人格と人格がコミュニオンをなすのは「愛」によってだけなのだという。

オプティ師は何度も各種のバクテリアの例を出した。世俗の臨床医師として11年を過ごした人の発想はおもしろい。


日本語は違うけれど、このprocréationreproduction の違いは英語でも同じだ。(ドイツ語では前者にあたる言葉の幅がかなり広くなる。)

クリエーション、創造が即「神の業」という意識下の刷り込みはロマンス語系ではかなり深いと言える(英語のこの言葉はフランス語経由で来た)。


でも、確かに、誕生とか死というのは、ヒトにおいてはどの文化においても「神秘」に属するのは間違いない。

それを思うと、確かに、特に斡旋業者や金銭の授受を伴う「代理出産」の合法化にはいろいろな論議を重ねることが必要だというのは理解できる。


政治家が、性的少数者や障碍者に「生産性」があるとかないなどと言っている次元にいては、その論議にすら参加できないのでは、という気がしてならない。


by mariastella | 2019-02-11 00:05 | 宗教
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/

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