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L'art de croire             竹下節子ブログ

ヴァティカンの同性愛者スキャンダル『ソドマ』

フレデリック・マルテル(Frédéric Martel)«Sodoma: enquête au coeur du Vatican» という本は、ヴァティカンの高位聖職者たちの同性愛について調査したもので近頃スキャンダルになっている。発売と同時に数ヶ国語に訳されたらしい。(私は読んでいない。マルテルへのインタビューを聞き、いくつかの書評を読んだだけだ。)


興味深いのは、このマルテルという人は、本人は「12歳の時にカトリックをやめた」(つまり多くのフランス人のように、最初の聖体拝領の次の典礼を家族行事として終えた後で教会を離れたという程度の意味だろう)と言っていて、1996年には『バラ色と黒――1968年以降のフランスのホモセクシュアリティ Le rose et le noir. Les homosexuels en France depuis 1968 』という同性愛の社会研究の本を出したゲイの「活動家」であると分かっているのに、ヴァティカンでの彼の調査に多くの高位聖職者が協力的だったことだ。


日本ではホモという言葉が差別語で「ゲイ」と言わねばならないというのは英語圏からの影響だろうけれど、フランスではゲイともいうけれど「ホモセクシュアル」「ヘテロセクシュアル」でホモ(同性愛者)とヘテロ(異性愛者)が普通に使われる。


この調査によるとヴァティカン内のホモの率は高く、カップルの関係が利益誘導にもかかわっているという。

また、今回カトリック教会が聖職者を「解雇」して追放するほどの徹底的な方針を定めたペドフィリア事件においても、その85%は男児に対するものだという。一般社会におけるペドフィリアも成人男性によるものがほとんどだけれど、女児に向ける場合が圧倒的に多い。

男児が被害になる割合の高さから見ると、司祭の中に同性愛者が少なくないのは納得できる。もちろん教会内のペドフィリアは例外的な事例であるけれど、それが隠蔽されようとしてきた裏には、それを暴くことで高位聖職者の同性愛が明らかになることへの恐れがあったのではないかともマルテルはいう。

その「恐怖」が偽善につながる、とも。


といっても、この本は、聖職者に同性愛者がいることを告発糾弾しているのではない。マルテルは、同性愛者の権利を拡大しようという運動家なので、同性愛がカトリック教会の中で堂々と認められる「革命」を煽っているともいえる。だからこそ、彼の調査に実名で協力した聖職者もいたわけだ。

犯罪であるペドフィリアは論外としても、他の「カップル」は司祭と神学生との間などに成立する「合意」の関係というのが基本だ。地方の司祭館に司祭が一人、というのとは違って、聖職者たちの密度が大きいヴァティカンでは誘惑が大きいのかもしれない。

ヨハネ=パウロ2世は本当にこういう情況を知らなかったらしい。ベネディクト16世は知っていても改革するにはナイーブに過ぎた。今のフランシスコ教皇は、情況を把握し、教会を改革してなんとか救いたいという気が満々なのだけれど、いろいろ矛盾があって難しい。

興味深いのは、同性「愛」(ホモフィリィ)と同性「性愛」(ホモセクシュアリティ)の違いだ。

「司祭には同性愛者が多い」と言うとスキャンダルになるのに「異性愛者が多い」とは言われない。

確率的には、人間には「異性愛者」の方が圧倒的に多いだろう。でないと存続しない。

一方では、今のローマ・カトリック教会の聖職者には「独身」の誓いがある。

修道会などでは「貞潔」の誓いもあるように、本質的には性的に禁欲的な生活を送る、という意味だ。けれども、法的に「独身」出さえあれば何でもOK、のような感じで、「内縁の妻」みたいな存在の人と暮らしてきた司祭が歴史的にはいくらでもいて「公然の秘密」はたくさんあったた。(さすがに同性愛はそれ自体が「罪」だから、同性の内縁関係というのが信徒から看過されて来たという例は聞いたことがない。一般人との同性愛関係を貫く司祭は「還俗」することになる。チベット僧の禁欲「戒」には異性とも同性とも獣とも交わってはならない、とあるから、リスクマネージメントが徹底している。)

で、基本的には、「マジョリティ異性愛者」である聖職者は禁欲して貞潔を守るわけで、その場合、別にわざわざ「異性愛者ですよね」なんて確認されるわけではない。

同様に、「同性愛者」である聖職者も、禁欲して貞潔を守る人はいくらでもいるわけで、「性愛」がなければ「性的傾向」は関係がない。

問題になるのは「性的行為」であって「性的傾向」ではないのだ。


「性愛」のない場合はホモセクシュアルでなく単にホモフィルというだけだ。

つまり同性に惹かれるけれど性的関係を結ぶわけではない。貞潔を誓って生きればいいので、それはヘテロセクシュアルの聖職者が貞潔を守るのとまったく同じだ。そして、同性愛であろうと異性愛であろうと、人は24時間性的な存在であるわけではないし、一生性的な存在であるわけでもない。

でも同性同士の閉鎖空間では異性愛者よりも「戒」を破るハードルが低いのも理解できる。

マルテルの本は実態を暴いたという点では衝撃的だけれど(誇張が過ぎるし事実と明らかに違う箇所も指摘されているが)、不思議で曖昧なシロモノでもある。


ゲイの活動家として、聖職者の独身制という偽善を廃せよ、同性愛司祭も自由に伴侶を持てるようにせよ、と言いたいのか、


宗教やら教会やらをバッシングするグループに格好の餌を提供しているのか、


それとも教会内部のものだけではないすべてのペドフィリア防止の根本対策につながるものを模索するヒントになるのか、


「性愛」ではない「愛」とは、「性愛」における「愛」とは何なのか、その本質が何につながっているのか、神への愛とかキリストの愛とは何なのか、などを見つめることを可能にするのか、


これから続いていくだろう議論を観察していきたい。


by mariastella | 2019-03-01 00:05 | 宗教
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/

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