人気ブログランキング | 話題のタグを見る

L'art de croire             竹下節子ブログ

サンタンヌ病院の精神病理学アート展

「精神病院」の代名詞になるほどフランスで最も有名なサンタンヌ(聖アンナ)病院。

1950年の最初の精神病理学アート展開催以来、多くの所蔵作品がある。

一番古い作品は1858年のものだという。


アートがセラピーの一環になっているのは事実だけれど、「精神病患者に絵を描かせた」というものではなく、すでに「画家であった人で精神を病んでいる人たちが描き続けた」作品群が今回の中心だ。

病理が絵になるのではなくそれぞれのアーティストの本質であるのアートが絵として表出する。絵で病を治療するのでなく絵によって病を探る、という。

自分の耳を切りおとしてアルルの精神病棟に入れられたゴッホや、晩年を精神病院で過ごしたカミーユ・クローデルはあまりにも有名だけれど、画家には、特にプリミティヴ派といわれる人たちには「幻視画」が知られていて、幻覚体験とアートには深い関係がある。

今回の展覧会は特にシュールレアリスムの流れとの関係も興味深い。

フランスではFous(狂人) とか Folie(狂気)とかいう単語が今でも普通に使われるので、「狂人たちのアート」などと言うタイトルがついているので、どきりとする。もっとも今回は、1950年代に普通にそう使われていた歴史的用語として再現したという。

つまり「狂人アートから精神病理学アートへ」というタイトルだ。

雰囲気はこういうもの。


このビデオで取り上げられているのはウニカ・チュルンUnica Zurnという作家で画家(1916-70)の作品で彼女はこのサンタンヌ病院に一年間入院していた。彼女はドイツ生まれで、夫のハンス・ベルメールと共に早くからパリに住んでシュールリアリストのグループに属していた。夫が脳卒中で半身不随になり彼女は統合失調で入院を繰り返していたけれど、最後に一時外出でアパルトマンに戻り、夫の寝室の窓から投身自殺した。今回は展示されていない。

これはサンタンヌ病院の入り口。

サンタンヌ病院の精神病理学アート展_c0175451_03334521.jpeg
高い塀がちょっと刑務所っぽい
サンタンヌ病院の精神病理学アート展_c0175451_03340369.jpeg
展覧会のポスターが見える。

サンタンヌ病院の精神病理学アート展_c0175451_03342527.jpeg

中に入ってまっすぐ歩くと右手にテニスコートがあり、その横の会談を地下に降りると展覧会場だ。

サンタンヌ病院の精神病理学アート展_c0175451_03344970.jpeg
サンタンヌ病院の精神病理学アート展_c0175451_03351155.jpeg

「サンタンヌ病院アートと歴史ミュージアム」(MAHHSA)というのが正式名称で、入場は無料。

売店にいたのは元作家で今は絵を描く女性で、精神科病棟のアートセラピーの職員としての本採用のために勉強しているそうだ。いろいろ話をした。

右手の部屋が、「画家」が入院中に描いた作品。

入院したら例えば薬物治療のせいで絵が変わるということはないのかと質問したが、まったくないそうだ。この展覧会の目的のひとつはそのことを知らせたいからだという。つまり、精神的な病と作品とは別のものだということを言いたいわけだ。それはまあ分かる。展示されている絵の中に、「やっぱり精神異常の人が描くからこんな風になるんだなあ」というサインを探ってほしくないということだ。

「でも、狂気と聖性と神秘主義とアートって、別々のものではない同じフェーズがあるのでは?」と聞いてしまった。ここに展示されている「アート」の中から「狂気」を取り去ったら「お絵描き」しか残らないのではないか?

左手の部屋は、病気の発症と画作とが同時期であるもの。

確かに「先入観」をもって見ると、気味悪くグロテスクなものもある。

けれども、奥にあるシリーズはシャルル・シュレイという人のものでまったく別の世界だった。

彼は17歳から入院してずっと病院で過ごした。セラピーの一環で絵を描いたのではなく、ある時偶然に、医師が彼の部屋で大量のスケッチブックを発見して驚倒したのだそうだ。

彼の絵のほとんどは色鉛筆の作品なのだけれど、すべての色が何度も塗り重ねられたものだ。統合失調の診断だったらしいが、どの作品も驚くほど「完成」しているので、私は彼はむしろアスペルガー症候群ではなかったのかと聞いた。統合失調とアスペルガー(自閉症スペクトラム)が併発するいうことはあり得ないのだろうか。

アフリカにこだわっている絵がいくつかあったので、アフリカ出身なのかとも思ったけれど、普通の白人のフランス人で、17歳で入院してから一歩も外に出なかった人でもあり、彼の描く世界、建物、自然、などはすべて彼の脳内の産物らしい。

サンタンヌ病院の精神病理学アート展_c0175451_03411757.jpeg

彼のひとつの作品を5分以上見ているのは危険だ、と本能的に思った。5分後には「あっちの世界」に確実にとりこまれている予感がする。建物の構造、角度、デザイン、空気がすべてなじみのある本物に見えてくる。

サンタンヌ病院の精神病理学アート展_c0175451_03413574.jpeg
カタログの写真を見るとそんなことはないので、やはり「波動」の交換みたいなものなのだろうか。

知り合いが、有名な作品は美術館で無数の人の視線にさらされているから「目垢」がつく、といっていたけれど、ここにある作品は、目垢がついていない分、「うずうずしている」何かを発散しているのが怖い。

では、サンタンヌ病院内のアートセラピーによって才能が見出されたという例はないのかと聞くと、あるという。ひとりの女性は、アートセラピーで絵を描くうちに才能を見出され、しかも完治して、退院して、個展を開いたり美術館に作品を買い上げられたりしてプロの画家として活躍しているのだそうだ。その人の絵は展示されていなかったけれと、彼女が自分の来た道を語ったセミナーの記録を購入した。

15歳くらいで入院してアートセラピーのアトリエで認められたクリスティーヌ・ラブローという女性の

こういう作品群も迫力がある。

サンタンヌ病院の精神病理学アート展_c0175451_03444175.jpeg

今回は展示が終わっていたけれど、1950年代に日本の精神病院からサンタンヌ病院に寄付された絵が数点カタログに載っている。名も不明で病歴も不明なのだけれど、このシリーズが、なんというか、日本人が「狂人の描く絵」に抱いているイメージにそっくりなのだ。その後にはインドから寄贈されたものがあるがまったく違う。個人の差なのか文化の差があるのか。1930年代の作品で、かなりショッキングだ。

これが日本。

サンタンヌ病院の精神病理学アート展_c0175451_04111019.jpeg

サンタンヌ病院の精神病理学アート展_c0175451_03423996.jpeg
これがインド。

サンタンヌ病院の精神病理学アート展_c0175451_03440804.jpeg
サンタンヌ病院の精神病理学アート展_c0175451_03432853.jpeg

そういえば、最近は「日本初のアール・ブリュット」がヨーロッパでも人気だという話を聞いたことがある。

「アール・ブリュット」と重なる部分に「サイコ・アート」という分野があって、あちらこちらで展示されているのを今回初めて知った。

私の気に入ったのはジャン・ジャメスのこれ。タイトルはないけれど絶対にナポレオンだ。

サンタンヌ病院の精神病理学アート展_c0175451_03442462.jpeg

関係書をたくさん購入したので少しずつ読んでいこう。


by mariastella | 2019-03-14 00:05 | アート
<< イザベル・グイックとクリステー... 一神教における食物タブーについ... >>



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/

by mariastella
以前の記事
2024年 03月
2024年 02月
2024年 01月
2023年 12月
2023年 11月
2023年 10月
2023年 09月
2023年 08月
2023年 07月
2023年 06月
2023年 05月
2023年 04月
2023年 03月
2023年 02月
2023年 01月
2022年 12月
2022年 11月
2022年 10月
2022年 09月
2022年 08月
2022年 07月
2022年 06月
2022年 05月
2022年 04月
2022年 03月
2022年 02月
2022年 01月
2021年 12月
2021年 11月
2021年 10月
2021年 09月
2021年 08月
2021年 07月
2021年 06月
2021年 05月
2021年 04月
2021年 03月
2021年 02月
2021年 01月
2020年 12月
2020年 11月
2020年 10月
2020年 09月
2020年 08月
2020年 07月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 04月
2020年 03月
2020年 02月
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
カテゴリ
検索
タグ
最新の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧