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L'art de croire             竹下節子ブログ

バルバラン枢機卿事件について思うことの続き

昨日に続いて、フランスのカトリック・ウォッチャーとして目を離せない、バルバラン枢機卿事件について補足。

カトリック教会内のペドフィリア(これは正確には小児性愛で、実際には思春期の子供へのヘベフィリア'hébéphilie15-19歳を対象のエフェボフィリア éphébophiles を含む。性別とは関係がない。)スキャンダルは、フランソワ・オゾンの映画公開、リヨンのバルバラン師の有罪判決と辞意、四旬節への突入によって、まさに最高潮を迎えた感じだ。

リヨンの補佐司教は、バルバラン師が判決の如何にかかわらず辞職することを決意していたことと語った。


すごく簡単にこの事件を説明しよう。リヨンにベルナール・プレナ(Preynat)神父というのがいて、リヨンのカトリックのサン・リュック・スカウト運動のリーダーをしていた1970年代から1991年までに、未成年の少年たちに性的な接触をしていたということが、当時の犠牲者によってすでに報告されていたのに、少年との接触を避けるポストに異動させられていなかった。この時の大司教はバルバラン師ではない。

プレナは1991年に加害事実を認めている。

ところが、2014年に、過去の犠牲者で5人の子の父親となっているアレクサンドルが、プレナが相変わらず子供と接触のあるカテキズム(要理のクラス)に関わっていることを知り、驚き、被害者を増やしてはならないと、20147月にバルバラン師に通告した。でも、プレナがその職から離れたのは10ヶ月も経った後だった。で、20166月にアレクサンドルが司法当局に訴追したのだ。


驚かされるのは、このプレナの裁判自体はまだ継続中で、判決が下りていないということだ。


当事者の有罪判決が出る前に監督責任者の有罪判決が出るのは異例だと言ってもいい。


バルバラン師は一種のスケープゴートでもある。今も告発をしないで沈黙を守る犠牲者のためにもそれは必要だった、教会の体質を根本的に変えるにはそれが必要だった、フランスのカトリック教会を弾劾するにはそのシンボルであるバルバラン師を「見せしめ」にするのが有効だった、何よりも、メディア的にコスパが高い、ペイする、などのいろいろな面がある。


カトリック信徒側から見ても、この世の「体制としての教会」の他に「キリストの教会」があるので、十字架の上で殺されたキリストのように、いつも「犠牲者」の中にキリストを見る、という根本的な視点がある。これがあるからこそ、体制としての教会が体制を守るには、いつも「改革」に迫られてきた。実際この根本的視点が奇跡のようにいつも存続してきたからこそ、キリスト教2000年の歴史は不断の改革の歴史でもあったのだ。それがなければローマ・カトリック教会などという体制が今も残っているはずはない。


今のフランスのように、よほどの信仰と使命感がない限り若者がわざわざ司祭になろうとしないような社会では、若手の司祭はもちろん多くの信者が、この「キリストの教会」を本気で目指すのでなくてはキリスト者である意味がないと思っている。だから、彼らは体制としての教会の徹底的な改善のために「沈黙の体質」告発も断罪も必要であり受け入れるべきだ、犠牲者支援が第一だ、という意見の方が多い。

 

個人としてのバルバラン師の側に立つと、気の毒な面もないではない。彼はアレクサンドルによる告発の後でプレナに事情を聴き、プレナは神の前で1991年以降はそのようなことは一切していないと誓ったらしい。聖職者が神の前で誓う、ということに大司教が疑いをはさむというのは、彼らにとっては神を疑うほどにあり得ないことだ。だからバルバラン師が1991年以降のプレナは無害であり、免償もされていると考えたのは無理もない。カトリック的には罪を悔いれば免償可能なのだから。それでも、法律的に「犯罪」である未成年への淫行を通報しなかった責任が重いことには変わりがない。


もう一つ、ここだけ聞けば、プレナは悪魔のような偽善者で倒錯男のように思われるかもしれないけれど、実は、プレナは、サン・リュックのスカウトや少年少女の保護者たちに絶大な人望を誇るカリスマ的存在だったという事実がある。エネルギッシュで、各種イベントのオーガナイズの天才で、父兄たちは彼を内に招いたということを自慢し合っていたそうだ。他のスカウト・グループから移ってくる人もいて、サン・リュックのスカウトは羨望と嫉妬の対象にすらなっていたという。まさに「グル」状態だったそうだ。

そんな状態の中で被害を家族にも打ち明けられなかった少年や、いや、被害そのものをなかったことと否認する少年も少なくなかったのだろう。

これはあらゆるカルト的な組織で起こる悲劇だ。

カルトのリーダーの多くがそうであるように、カリスマがあり、演技力があり、実行力があり、組織力もあり、人を惹きつける魅力のある人たちが、なぜそれを「善用」に特化して生きずに、全能感に支配されてしまうのかは私にはわからない。けれども、もっとスケールの小さいレベルではすべての人がそのような誘惑にさらされているような気がする。

「神」にならずに「十字架上で苦しむキリスト」になる、というのは人間の本性に反すると思えるほど難しい。

復活祭を前にした日々、体制としてのキリスト教の信徒であってもなくても、知らぬうちに自分にべったりとまとわりつくさまざまな「優越」の衣をはがしてみることは必要だと、つくづく感じる。


by mariastella | 2019-03-10 00:05 | 宗教
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/

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