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L'art de croire             竹下節子ブログ

一神教における食物タブーについて その1

今はカトリック教会の典礼暦でいうと、復活祭前のカレム(四旬節)で、伝統的には日曜をのぞく「断食」の期間だ。

イスラム教のラマダンもそうだけれど、多くの宗教や宗教共同体は、何らかの「断食」を修業に取り入れている。苦行として評価する文化もあるし、何十年も飲食を断って生きる「聖者」が尊敬を集める社会もある。

普通に考えても、プチ断食などが人気なように、飽食の習慣を時々離れて消化器官を休ませるというだけでも、心身のパフォーマンスが向上するだろう。

もっとも今のカトリック教会が信徒に課するカレムは「なんちゃって」断食で、最初の日と最後の聖金曜日だけが肉なしで水とパンの少食か断食を勧めるだけで、後は「心」とアクションで「準備」すればいいことになっている。

昔は卵も食べられなかったからイースターエッグを貯めていたのだし、ミサの前も8時間は飲み食いしてはいけなかった。今は食べてすぐにミサにかけつけても、「聖体拝受」までに既定の時間を経過してくれるので問題ない。

フランスではついこの前までは、毎金曜日に肉でなく魚を食べるという習慣が残っていた。

魚屋には金曜の朝に新鮮な魚が並び、月曜はぱっとしなかった。

公立学校の給食でさえ、金曜は魚がメインだった。それは「宗教」というより「習慣」から来ていた。


それが今やほとんどなくなったのは、イスラム共同体が増えて、彼らの絶対に豚肉を食べないとか、他の肉も一定の手続きで血抜きをしたものしか食べないなどの習慣が至る所に広がったことに対するリアクションのせいでもある。

言ってみれば「お前たちキリスト教だって政教分離と言いながら金曜には魚しか食べないじゃないか」と言われるのが不愉快で、タブーだと解されるものがいつのまにか全部取り払われた感じだ。

実際、他のところにも書いたけれど、私自身も、ムスリムの食物タブーには困らされたことがある。

個人の嗜好に属する好き嫌いだの、アレルギーによる禁忌食品、遺伝子組み換え食品が嫌だとか、菜食主義者だとかについては臨機応変で問題ないけれど、「宗教による食品タブー」と、そのリスペクトを他者に強要するかのようなシーンには苛立たされることも少なくない。

で、おなじみのラジオ番組で三つの一神教論客が食物タブーについて語るのを興味深くきいた。

まずカトリック。カトリックでは基本的に食物に関する「禁止のための禁止」を拒否する立場。

食べ物のタブーは、食卓を共にする共同体のアイデンティティとして発展した。初期のユダヤ人のキリスト教共同体は、ユダヤ人同士の食卓に「異邦人」(割礼などを含む律法を遵守しない)を混ぜることを拒否していた。それが、キリスト教を普遍宗教として構築していったパウロなどの路線によってなくなった。それでも、例えば、「肉は神経を興奮させる」などとして修道僧に禁じるというような習慣は残っていた。(今でも巷にそういう話はある。子供に夕食に肉を食べさせると寝つきが悪くなるなどだ)

ユダヤ教はどうかと言うと、タルムードにもトーラーにもタブーは多い。でも、食品タブーで食べてもいい「カッシャー」というのは、「律法に適っている」という意味であり、食品自体の「浄不浄」とは関係がない。

神が本来の菜食指示をやめて最初にノアに命令したのは、肉は血を抜いて塩と水で洗わなければならないということだ。「血」とは命、生きているものということで「人は、生きているものを食べてはいけない」という生命のリスペクトだ。宗教と関係なく屠殺場の動物の扱いなどは今も議論の種になっているから十分理解できる。

で、その後の甲殻類はすべてダメだとか、うろこのない魚はだめだとか、煩雑な食物タブーを作ってきたのはユダヤ人だという。そこには、「本質に合致しない動物は避ける」というベースがある。それは動物の多様性を無視した偏見だと思うが、そのようなタブーの「意味」は「全てが許されるわけではない」というリミットの設定なのだという。子牛肉を牛乳で煮込んではならないなどのタブーは、子を母の乳の中で煮るなという「残酷さの否定」である。

次にイスラム。これも、「ハラール」かどうかはもともと「禁止」ではなく「許可」の意味である。

神が人間用にあらかじめ決めておいた食物があり、それを守るのは善き信者、という感覚が最初にある。

同じアブラハムの子孫であるユダヤのタブーをどこまでゆるめるかというのがポイントで、海に住む動物へのタブーはすべて取り除かれたし、事実上、豚肉禁止と、肉の血抜き(先に喉を掻き切って地を全て流す)だけが残った。

これらすべて、「自然」の習慣ではなく「文化」の習慣である。いずれも、その目的は、自然や食物というものを「人間的」に認識するという営みの一部である。

アルコールに関しては、イスラムでは、コーランの中でははっきりしない。酒を飲めばサタンの動きを許してしまうからいけないので、イスラム神学者の中にはタブーではないという人もいる。

キリスト教は、修道院のビール製造やワイン製造が有名だ。聖餐におけるワインがシンボルでなく「キリストの血」が化体したものだというカトリックの立場は変わらない。

で、「ヨーロッパでワイン製造の葡萄を栽培できない気候の国だけがプロテスタントに移行したのだ」というジョークがある。

また、キリスト教に食物タブーがないことのについて必ず引き合いに出されるのが『マルコによる福音書7,1-23』だ。


長くなるのでこれについては明日。



by mariastella | 2019-03-12 00:05 | 宗教
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/

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