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L'art de croire             竹下節子ブログ

一神教における食物タブーについて その2

(これは昨日の続きです。)


ユダヤ教やイスラム教に比べてキリスト教の食物タブーがほとんどないことについて、

《ユダヤの律法には食物禁忌の他にいろいろなことが細かに規定されていたのに「自由人」イエスがそれを軽々と乗り越えた》

かのようなイメージを持つ人もいる。

彼らが根拠にしているのが『マルコによる福音書7,1-23』だ。

だがこれには異論もあるのを最近知った。

律法の中の食物規定は確かに細かい。

こんな感じ。

イスラエルの民に告げてこう言いなさい。地上のあらゆる動物のうちで、あなたたちの食べてよい生き物は、

ひづめが分かれ、完全に割れており、しかも反すうするものである。

従って反すうするだけか、あるいは、ひづめが分かれただけの生き物は食べてはならない。らくだは反すうするが、ひづめが分かれていないから、汚れたものである。

岩狸は反すうするが、ひづめが分かれていないから、汚れたものである。

野兎も反すうするが、ひづめが分かれていないから、汚れたものである。

いのししはひづめが分かれ、完全に割れているが、全く反すうしないから、汚れたものである。

これらの動物の肉を食べてはならない。死骸に触れてはならない。これらは汚れたものである。

水中の魚類のうち、ひれ、うろこのあるものは、海のものでも、川のものでもすべて食べてよい。

しかしひれやうろこのないものは、海のものでも、川のものでも、水に群がるものでも、水の中の生き物はすべて汚らわしいものである。

これらは汚らわしいものであり、その肉を食べてはならない。死骸は汚らわしいものとして扱え。

水の中にいてひれやうろこのないものは、すべて汚らわしいものである。

鳥類のうちで、次のものは汚らわしいものとして扱え。食べてはならない。それらは汚らわしいものである。禿鷲、ひげ鷲、黒禿鷲、

鳶、隼の類、

烏の類、

鷲みみずく、小みみずく、虎ふずく、鷹の類、

森ふくろう、魚みみずく、大このはずく、

小きんめふくろう、このはずく、みさご、

こうのとり、青鷺の類、やつがしら鳥、こうもり。

羽があり、四本の足で動き、群れを成す昆虫はすべて汚らわしいものである。

『レビ記/ 11, 02-20 ~40)』

で、ナザレのイエスがユダヤ人だったのにそんなことを気にしていなかった、ということの根拠にされるのが、実は、彼が禁止されていたものを食べていたという話ではなくて、なんと、「食事の前に手を洗え」という教えの絶対性を相対化したという話なのだ。(こっちの方は、単なる食物タブーでなく衛生上の根拠があるから、しっかり守った方がいいと思うのだけれど・・・)

『マルコによる福音書』の問題個所を見てみよう。

ファリサイ派の人々と数人の律法学者たちが、エルサレムから来て、イエスのもとに集まった。

そして、イエスの弟子たちの中に汚れた手、つまり洗わない手で食事をする者がいるのを見た。

――ファリサイ派の人々をはじめユダヤ人は皆、昔の人の言い伝えを固く守って、念入りに手を洗ってからでないと食事をせず、 また、市場から帰ったときには、身を清めてからでないと食事をしない。そのほか、杯、鉢、銅の器や寝台を洗うことなど、昔から受け継いで固く守っていることがたくさんある。――

そこで、ファリサイ派の人々と律法学者たちが尋ねた。「なぜ、あなたの弟子たちは昔の人の言い伝えに従って歩まず、汚れた手で食事をするのですか。」

イエスは言われた。「イザヤは、あなたたちのような偽善者のことを見事に預言したものだ。彼はこう書いている。『この民は口先ではわたしを敬うが、/その心はわたしから遠く離れている。

人間の戒めを教えとしておしえ、/むなしくわたしをあがめている。』

あなたたちは神の掟を捨てて、人間の言い伝えを固く守っている。」

更に、イエスは言われた。「あなたたちは自分の言い伝えを大事にして、よくも神の掟をないがしろにしたものである。

モーセは、『父と母を敬え』と言い、『父または母をののしる者は死刑に処せられるべきである』とも言っている。

それなのに、あなたたちは言っている。『もし、だれかが父または母に対して、「あなたに差し上げるべきものは、何でもコルバン、つまり神への供え物です」と言えば、

その人はもはや父または母に対して何もしないで済むのだ』と。

こうして、あなたたちは、受け継いだ言い伝えで神の言葉を無にしている。また、これと同じようなことをたくさん行っている。」

それから、イエスは再び群衆を呼び寄せて言われた。「皆、わたしの言うことを聞いて悟りなさい。

外から人の体に入るもので人を汚すことができるものは何もなく、人の中から出て来るものが、人を汚すのである。」

イエスが群衆と別れて家に入られると、弟子たちはこのたとえについて尋ねた。

イエスは言われた。「あなたがたも、そんなに物分かりが悪いのか。すべて外から人の体に入るものは、人を汚すことができないことが分からないのか。

それは人の心の中に入るのではなく、腹の中に入り、そして外に出される。こうして、すべての食べ物は清められる。」

更に、次のように言われた。「人から出て来るものこそ、人を汚す。

中から、つまり人間の心から、悪い思いが出て来るからである。みだらな行い、盗み、殺意、

姦淫、貪欲、悪意、詐欺、好色、ねたみ、悪口、傲慢、無分別など、

これらの悪はみな中から出て来て、人を汚すのである。」

で、パウロもこれを受けて、

キリストは「規則と戒律ずくめの律法を廃棄されました。こうしてキリストは、双方を御自分において一人の新しい人に造り上げて平和を実現し・・・」(エフェソの信徒への手紙2,1)」

と、ユダヤの律法は律法はキリストにおいて成就した、と言ったのだ。

ところが、この時のイエスの言葉を細かく分析して、律法の偽善的厳守を批判するラビであるイエスがこの時に、食物タブーについて語っていたわけではないと分析するユダヤ神学者がいる。

だからこそ、弟子たちでさえ、「人の体に入るもの」の例えの意味が分からずに後からイエスに尋ねたというのだ。そもそも、件の場面でイエスとその弟子たちは、律法の規定に適うものを食べていたはずだという。で、食物タブーを勝手に取り払ったのはパウロらの恣意、宣教戦略によるものだという詳しい論が展開されているのを読んだのだけれど、複雑なのでここでは取り上げない。ただ、少なくともそれを読んでいる間は「なるほど」と思わせるそれなりの説得力のあるものだった。

イエスは偽善につながるような律法の遵守には反対し、それを権威の道具に使う輩を批判したけれど、律法自体を拒否したのではなかろうということは分かる。「最後の晩餐」の時だってちゃんと伝統の無酵母パンを食べていた。彼らの共同体の食習慣に合致したものを食べること自体に偽善は見いだせなかっただろう。

でも、食事の前には、手だけは、ちゃんと洗った方がいいと思うけれど。


by mariastella | 2019-03-13 23:02 | 宗教
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