ルネサンス文学手稿
先週はソルボンヌの16世紀フランス文学の学会に出席した。
去年は鉄道ストのためスルーし、一昨年は日本にいた期間と重なって行けなかったので、3年ぶり。しかもここ数年はオデオンの近くで開催されていたので、ソルボンヌに戻るのは久しぶりだ。 カルチェ・ラタン界隈といっても最近の私はサン・シュルピスのLa Procure書店以外(それも読む暇のない本を衝動買いするのを避けて今は必要なものだけ取り寄せている)はほとんどどこにもいかない。パリのテロがあってからはますます足が遠のいた。 だから新鮮なサンミッシェルの泉。 この部屋に入ると、昔はスライドが見せられるときにカーテンを閉め、明かりを消していたのを思い出す。今は普通にコンピューターの画面が映し出される。 Eduspotというwifiもある。大学の環境は本当に変わった。 今回は16文学作品の手稿と出版との関係がテーマだ。 フランソワ一世の宮廷におけるジャン・テノーの手稿における文学と占星術の関係に興味をひかれた。 そもそも私がこの学会に出るようになったのはもう20年以上も前に、ノストラダムス関係のテレビ番組製作を手伝った時に知り合ったノストラダムスの研究者の発表に招待されて以来だ。 私にとってフランス・ルネサンスの一種の定点観測となっていて、教えられることがたくさんある。 マルグリット・ド・ナヴァールの手稿に関する一連の研究もおもしろかった。 デルポイの巫女シビュラによるアポンの神託がルネサンス期に出回った手稿によってユマニストをいかに汚染したかというテーマにも興味を惹かれたのに、発表者が病気で来られなくなった。 で、さまざまな手稿というのは、印刷する前の「原稿」の場合もあるし、そもそも、内部供覧用に注文された今でいえば自費出版のような場合もある。もちろん王侯貴族が注文した手作り手稿本だ。ちゃんと製本装丁されている。商品ではないから手書きでいい。 活字印刷して出版されている本をわざわざ挿絵まで手で書き写して最後に祈りの文句や家族みんなの署名を付け加えた後で製本するなど「家族用」の本もある。 今でいう「校正」と改訂済みの増刷などにあたる「改訂版手稿」もある。 こういう話を聞いていると、大昔の日本で原稿用紙で提出したレポートや論文以来、「手稿」というものを書いていないことにつくづく思いがいたる。 原稿はすべてヴァ―チャル化して、上書きを重ねることができる。 誰でも自分の書いたものを「活字」で見ることができる。 昔は、例えば聖書の一節を引用するのに、わざわざそのページを開いて読んでタイプしていた。今は検索サイトを使ってコピペすればいいだけだ。 ついこの前まで、昔自分の書いた本や記事の一節を再利用する時にも、その部分を見ながらタイプし直していた。今はウェブ上に保存してある原稿をコピペする以外の手間は絶対にかけたくない。 昔の人の手稿、書写の努力、忍耐は想像もつかないほどだ。 ルネサンスの時代、活字印刷が可能になり、出版文化が誕生した時に、同時に別の存在の仕方をしていた手稿や書写のいろいろな側面を探るのは刺激的だ。 しかも、今は、それらの貴重な手稿の多くを誰でも自分の書斎でダウンロードできてしまう。文書庫で掘り出し物を見つけた研究者がそれを撮影したものを研究発表で披露してくれる。そのギャップにくらくらする。 一方で、毎年、前の年の発表内容が本になっているのが配られるのだけれど、今年は準備ができていなかった。ソルボンヌがピエール=マリー・キュリー大学と合併するそうで、「活字出版」が大幅に削られることになり作業が遅れているそうだ。 「手書き」から「活字」、そして完全なデジタルへ。 でも、そのデジタルの世界って、やはりこの世界の有限なエネルギーを消費しながら成り立っているのだから、どこか心もとない。 印刷術や出版が生まれても、せっせと手書き本を製本していたルネサンス時代のように、私たちもまだ、デジタル情報を手に取れる「本」の形に残そうとあがいているのだろうか。 町から書店がどんどん消えていく時代、サンミッシェル界隈には昔ながらの書店や古書店が残っているので、古書店でつい昔の雑誌を何冊か買ってしまった。 店頭で本を手にとってのぱらぱら検索は、ネット検索よりも、やはり、味がある。
by mariastella
| 2019-03-20 00:05
| フランス
|
以前の記事
2024年 03月
2024年 02月 2024年 01月 2023年 12月 2023年 11月 2023年 10月 2023年 09月 2023年 08月 2023年 07月 2023年 06月 2023年 05月 2023年 04月 2023年 03月 2023年 02月 2023年 01月 2022年 12月 2022年 11月 2022年 10月 2022年 09月 2022年 08月 2022年 07月 2022年 06月 2022年 05月 2022年 04月 2022年 03月 2022年 02月 2022年 01月 2021年 12月 2021年 11月 2021年 10月 2021年 09月 2021年 08月 2021年 07月 2021年 06月 2021年 05月 2021年 04月 2021年 03月 2021年 02月 2021年 01月 2020年 12月 2020年 11月 2020年 10月 2020年 09月 2020年 08月 2020年 07月 2020年 06月 2020年 05月 2020年 04月 2020年 03月 2020年 02月 2020年 01月 2019年 12月 2019年 11月 2019年 10月 2019年 09月 2019年 08月 2019年 07月 2019年 06月 2019年 05月 2019年 04月 2019年 03月 2019年 02月 2019年 01月 2018年 12月 2018年 11月 2018年 10月 2018年 09月 2018年 08月 2018年 07月 2018年 06月 2018年 05月 2018年 04月 2018年 03月 2018年 02月 2018年 01月 2017年 12月 2017年 11月 2017年 10月 2017年 09月 2017年 08月 2017年 07月 2017年 06月 2017年 05月 2017年 04月 2017年 03月 2017年 02月 2017年 01月 2016年 12月 2016年 11月 2016年 10月 2016年 09月 2016年 08月 2016年 07月 2016年 06月 2016年 05月 2016年 04月 2016年 03月 2016年 02月 2016年 01月 2015年 12月 2015年 11月 2015年 10月 2015年 09月 2015年 08月 2015年 07月 2015年 06月 2015年 05月 2015年 04月 2015年 03月 2015年 02月 2015年 01月 2014年 12月 2014年 11月 2014年 10月 2014年 09月 2014年 08月 2014年 07月 2014年 06月 2014年 05月 2014年 04月 2014年 03月 2014年 02月 2014年 01月 2013年 12月 2013年 11月 2013年 10月 2013年 09月 2013年 08月 2013年 07月 2013年 06月 2013年 05月 2013年 04月 2013年 03月 2013年 02月 2013年 01月 2012年 12月 2012年 11月 2012年 10月 2012年 09月 2012年 08月 2012年 07月 2012年 06月 2012年 05月 2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 カテゴリ
全体
雑感 宗教 フランス語 音楽 演劇 アート 踊り 猫 フランス 本 映画 哲学 陰謀論と終末論 お知らせ フェミニズム つぶやき フリーメイスン 歴史 ジャンヌ・ダルク スピリチュアル マックス・ジャコブ 死生観 沖縄 時事 ムッシュー・ムーシュ 人生 思い出 教育 グルメ 自然 カナダ 日本 福音書歴史学 未分類 検索
タグ
フランス(1117)
時事(633) 宗教(491) カトリック(459) 歴史(267) 本(221) アート(187) 政治(150) 映画(144) 音楽(98) フランス映画(91) 哲学(83) コロナ(76) フランス語(68) 死生観(54) エコロジー(45) 猫(43) フェミニズム(42) カナダ(40) 日本(37) 最新の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ファン申請 |
||